今月の本の話題

2017.01.30

『ミステリーズ!80号』(2016年12月号)書評 大川正人[新訳・復刊]その1

 まずは翻訳から、ジョン・ディクスン・カー『緑のカプセルの謎』(三角和代訳 創元推理文庫 900円+税)はギデオン・フェル博士もの第十長篇の新訳版です。

 小さな町ソドベリー・クロスで、毒入りチョコレートによる無差別殺人を疑う事件が起きました。事件の謎を解いたという町の資産家マーカスが、その立証のための心理実験をおこないます。ところが多数の目撃者が見守るなかでマーカス自身が毒殺されてしまいました。目撃証言が食い違うことで捜査は混乱をきわめ、実験の様子を撮影していた映像を検証することになり……。

『三つの棺(ひつぎ)』の密室講義の章とならんで、フェル博士が毒殺者についての講義をおこなう章が有名な作です。ふつう地味になりそうな毒殺を主題にした長篇で、衆人環視の殺人という派手な舞台を用意してしまうあたりはさすがにカーの本領が発揮されていますね。あちこちに大胆な伏線がひかれている上に、不自然に見えた犯人の行動は毒殺講義の中でみな説明されているというぬけぬけとした作りには嬉しくなってしまいます。シリーズ前作の 『曲がった蝶番(ちょうつがい)』 に登場したエリオット警部が準主役としてロマンスの要素を担い、容疑者の女性に想いをよせることで物語をすすめていくうまさも見逃せないところです。

 パトリシア・ハイスミス『アメリカの友人』(佐宗鈴夫訳 河出文庫 880円+税)はトム・リプリーのシリーズ第三長篇です。シリーズの復刊について、全五作がみな新刊で買える状態を目指すという版元からのアナウンスもあり頼もしいですね。

 先の 『贋作』 事件をなんとか切り抜けたリプリーのもとに、殺し屋の手配の依頼が舞い込んできます。あまり乗り気のしないリプリーでしたが、一人の男を思い出しました。リプリーに対して、何気ないある言葉――しかしリプリーにとっては決定的な言葉――をかけた男のことを。

 最初の映画の邦題に沿った訳題が引き継がれていますが、原題の 『リプリーのゲーム』のほうが内容にそぐうものでしょう。リプリーは気に食わない言葉を投げかけた男・ジョナサンを、金目当てに人殺しをする男に仕立て上げるゲームをおこなうのです。ジョナサンの心を追い詰めて悪の道に引き込んでいくリプリーが、のちのちジョナサンを助けてゲームの後始末をつける側にまわる展開がとても面白い。リプリーが希き代たいのトリックスターであることがよくわかると思います。

 国内のほうでは紀田順一郎 『大伴昌司エッセンシャル』(講談社 2000円+税) が目をひきます。少年誌の企画やSF・ミステリ評論で多彩な活躍をしながら早世した天才プランナー・編集者の大伴について、高校の同窓からの仲である紀田が評伝をまとめ、また〈SRの会〉の《密室》《SRマンスリー》掲載作を中心に大伴の創作と評論を復刻した一冊です。復刻資料の中では、日本の黎明期SFの伝説的な同人誌「SFの手帖」が目玉になっています。

 少年誌での活躍以降の大伴の業績は幾度か復刊・再評価されてきましたが、本書のように「大伴昌司ができるまで」を論じるのは紀田にしかできない仕事でしょう。紀田が一貫して大伴のことを「畏友」と称する重みが感じられます。

(2017年1月30日)



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