2017年9月に刊行される『ブルーローズは眠らない』は、昨年絶賛を浴びた第26回鮎川哲也賞受賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』に続く、本格ミステリ第2弾です。著者の市川憂人氏に、執筆秘話をメールにてお伺いしました。

――まず、本書の重要なモチーフは実現不可能と言われた青いバラですが、どのようにして決めたのでしょうか?

『ジェリーフィッシュは凍らない』が「真空気嚢」というSF設定を用いた話だったので、続編もSFネタにしようと決めていました。ただ、同一のモチーフを引っ張るのもつまらないので、前作とは毛色の違った方向で……ということで「生物→遺伝子→青バラ」と(割と安直に)決めました。
 現在、青系統のバラは遺伝子工学で実現されていますが、本作はさらに先の「完全な青バラ」という設定です。

――そんな青いバラが咲き誇り、その蔓で壁と窓を覆われた密室状態の温室で、切断された首、血文字、縛られた生存者が発見されるという衝撃的な事件が発生します。非常に絵になるシチュエーションですが、モチーフから思いついたのでしょうか?

 バラといえば温室。温室といえば密室。ということでモチーフを決めた瞬間から「密室」というところでは(これまたかなり安直に)決まってしまいました。

――ご執筆する際は、トリックから思いつくのでしょうか。それとも、ストーリー、キャラクター、モチーフのどれかでしょうか?

 場合によりけりですが、ストーリーまたはモチーフから話を膨らませることが多いです。今回は完全にモチーフ先行でした。

――『ジェリーフィッシュは凍らない』から続く本書の世界は、現実世界と良く似たパラレルワールド(1983年のU国)を舞台にしたミステリです。現代ミステリとの書く上での違いや、謎解きにおいて意識したり工夫したりする点はありますか?

 SF設定以外の部分は、なるべく浮足立たず現実世界に近付けるようにしています。その点、「80年代」という設定は筆者の記憶が比較的通用するのでまだいいのですが、「日本ではない」というところが今も足を引っ張っています。大学の研究室のありかたなど、それと気付かずうっかり日本の常識で書いてしまい、校正様から「違うよ」と突っ込まれたり……。
 謎解きについては、SF設定が推理の根幹に食い込んでいることが多いので、アンフェアにならないよう事前に情報や伏線を必要十分に出しておくことを心がけています。

――前作と引き続き、探偵役はずぼらな性格でも実は切れ者のマリア・ソールズベリー、ワトスン役は冷静沈着で皮肉屋な九条漣の、刑事コンビです。彼らはどのようにして誕生したのでしょうか?

 本当に「書いていたらいつの間にか登場していた」としか言いようがないんですね。前作『ジェリーフィッシュ』の初期バージョンは、捜査パートがほとんどなく事件パートだけだったのですが、色々あって捜査パートを書き足してみたら素知らぬ顔で主役を張っていました。この二人の誕生は筆者自身にとっても謎のひとつです。

――シリアスな事件を緩和するような、彼らの軽妙な掛け合いも魅力の一つだと思いますが。

 ユーモア要素を入れないと落ち着かない性分らしいということを最近自覚しました。「ネタを挟まないと死んじゃう病」というやつでしょうか。

――本作でのお気に入りのキャラクターはいらっしゃいますか?

 どのキャラにも強かれ弱かれ愛着があるのですが、挙げるならエリックとアイリスです。他にはケイト、それからロビン……(きりがない)

――書いていて楽しかったシーンはありますか?

 本作55ページ12行目からの数ページです。初稿では展開が少しだけ違ったのですが、担当様から「あまりにベタすぎます」と止められてしまいました。
 あ、もちろん9章のクライマックスや11章の謎解きも楽しかったですよ?

――反対に、書くのが大変だったシーンはありますか?

 シーンというより、モチーフを決めてから全体のプロットを作るまでの工程にかなり苦労しました。小説は思いつきだけで書けるものじゃありません(自戒を込めて)。

――その他、印象的だったシーンはありますか?

 各パートでの、青バラの初登場シーンにはかなり気を使いました。本作のメインテーマなので、イメージが喚起されるようできる限り心がけたつもりですが……ご評価は読者の皆様に委ねたく思います。

――お好きな「密室」テーマのミステリについてお聞かせください。

 オールタイムベスト級の傑作『三毛猫ホームズの推理』(赤川次郎)は外せません。海外では、密室の解きほぐし方が秀逸な『悪魔を呼び起こせ』(デレック・スミス)、まさに一撃必殺の『衣装戸棚の女』(ピーター・アントニイ)を挙げさせていただきます。  ちなみに、裏ベスト1は『コズミック』(清涼院流水)です。
(敬称略)

――今後の展望をお聞かせください。

 マリア&漣シリーズの3作目に取り掛かっています。また、大変ありがたいことに他にもいくつかお話をいただいています。まずは目下の案件をこなしながら、コツコツと進めていければと思います。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 前作をお読みいただいた皆様、本作をお手に取ってくださった皆様、まことにありがとうございます。日の目を見ぬまま終わるかもしれなかったマリアや漣によもや二作目の出番を与えることができようとは、前作の執筆時点で夢にも思いませんでした。少しでも楽しんでいただければこれに勝る喜びはありません。亀の歩みになるかと思いますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

――本日はありがとうございました。


市川憂人(いちかわ・ゆうと)
1976年神奈川県生まれ。東京大学卒。在学時は文芸サークル・東京大学新月お茶の会に所属。2016年、『ジェリーフィッシュは凍らない』で第26回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は各種年末ミステリベストにランクインし、話題を呼んだ。

(2017年9月20日)



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