東京創元社の隔月刊誌〈ミステリーズ!〉では現在、北原尚彦さんのシャーロック・ホームズにまつわる古書エッセイ「ホームズ書録」を不定期連載しております。この度、本エッセイをWebミステリーズ!に特別掲載いたします。

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 四年ほど前に『日本版シャーロック・ホームズの災難』というアンソロジーを編んだ。日本人が書いたホームズ物のパロディ&パスティーシュをまとめたものだ。それ以前に新保博久氏が『日本版ホームズ贋作展覧会(上・下)』(河出文庫)を編んでおられたので、それとは重複しないように配慮した。だが同書が実は既に絶版になっていたことに後で気付き、それなら拾い上げる意味で重複させてもよかったのかなあ――と思ったのだが、更にその後、同書を改訂したミステリー文学資料館編の『シャーロック・ホームズに愛をこめて』及び『シャーロック・ホームズに再び愛をこめて』(光文社文庫/2010年)が刊行されるに至り、やはり重複は避けておいて正解だった、と確信した次第である。
『…災難』を編む際に、知られざるホームズ・パロディをかなりマニアックなところまで発掘したつもりでいた。しかしそれでも、その後に「あっ、こんなところにこんな作品が埋もれていたのか!」と、新たな発見をすることが時々あった。今回は、その最近の例をひとつ。
 わたしはジュヴナイルのSFとミステリーが大好物。だから単行本はもちろん、学年誌の別冊付録も蒐集の対象となる。最近は付録本も注目されるようになり、古書市場で値段もつくようになってしまった。だが案外と見落とされがちなのが「読み物特集」である。
「読み物特集」とは、学研の「学習」「科学」の別冊として、夏休み前に発行されるもの。別々ではなく、両誌あわせて一冊の「読み物特集」が出るのだ(学年別なところは本誌と同じ)。小学生の頃のわたしは、普段の「学習」「科学」も好きだったが、これが特に楽しみだった。何せ、幾つもの読み物が詰め込まれているからだ。
 そして小学生当時には特に意識していなかったが、後にSFファン・ミステリーファンになってから気付くと、この「読み物特集」には結構SFやミステリーが載っていたのだ。だから、古本屋や古本市で見かけたら、取りあえず手に取って、何か面白いものが載っていないか目次を確認することにしている。
ホームズ書録2_1調整.jpg  ある時、ネット上で古本漁りをしていて、「読み物特集」が売り出されているのに遭遇した。1984年の『6年の読み物特集』だ。こういう時、気の利いた店だと内容まで書いておいてくれる。こちらもさすがに全ての「読み物特集」を、中身にかかわらず蒐集しようとは考えていないので、何が載っているか分かるのはありがたいことこの上ない。
 この時は、巻頭作品のリード(紹介文)を目次から引用してくれていた。ホームズとルパンが対決、とか書いてある。ほうほう、『ルパン対ホームズ』か、『奇巌城』か、はたまた短篇「遅かったシャーロック・ホームズ」か……。
 続きを読んだわたしは、目を疑った。“冒険推理物語 名探偵ホームズと怪盗ルパン日本で対決「消えた黄金の仏像」加納一朗・作”とあるではないか。ジュヴナイルの場合、原作者名を明記せず翻訳者・翻案者のみを表記することはままあるが、こんな話、ドイルにもルブランにもありません! しかも作者は名作『ホック氏の異郷の冒険』 の加納一朗氏ではありませんか。これは加納氏オリジナルの、パスティーシュに間違いない。しかも、これまでずっと人知れず埋もれたままの。ホームズ物の書誌学者としては新井清司氏が有名だが、氏のホームズ・パロディ書誌でもこんなタイトルは見たことがなかったのだ。かくして、即刻購入を決定。
 一応、ルブラン作品のどれかを翻案方式で書き変えたもの、という可能性も考えた。舞台はフランスから日本へ、獲物は宝石から仏像へ、といった具合に。それならそれで珍品には違いないから構わなかったのだが、現物が届いてみると、杞憂だったことが判明。れっきとした、加納氏オリジナルのパスティーシュ(という言い回しもなんだかおかしいが)に間違いなかったのだ。
 しかも年代が、きちんと明治期中ごろに設定されている。おお、さすが加納先生! 三人称で書かれているが、基本的に信太郎という少年の視点で物語は展開する。信太郎の父・高畑玄斉は、横浜の東洋美術館の館長。同館に収蔵される黄金の仏像は、大英博物館で公開することになっていたのだが、玄斉のもとに「A・L」なる人物から「仏像を頂く」と予告状が来ていた。もちろん、アルセーヌ・ルパンである。
 そして仏像を護衛するために英国からやって来たのが、名探偵シャーロック・ホームズその人だった。
 信太郎は12歳だが、少林寺流のカラテの達人なので、警備を手伝うことになった……というあたり、実にうまい。読者は6年生だから11歳か12歳。みな、信太郎に自分を投影して読むことになるのだ。
 東洋美術館を建てた近藤男爵、イギリス公使館のローランド一等書記官の立会いのもと、運送店の店員たちによって荷造りが行われた。更には美術館の館員たちも加わり、三台の馬車に分乗して輸送が始まる。
 しかし波止場へ向かう途中、荷車が道を塞ぎ、何人もの男たちが襲撃してきたのである。信太郎のカラテと、ホームズの武術(バリツ?)で、これを撃退する。
 イギリスの汽船マリア号に到着し、仏像を入れた木箱を開ける。しかしそこに仏像はなく、砂が入っていただけだった。ルパンは、まんまと仏像を盗んでしまったのである。ルパンはどのようにして盗みを成功させたのか、そして果たしてホームズは仏像を取り返すことができるのか……。
ホームズ書録2_2調整.jpg  児童向けの上にさしたる分量がないのに、結構しっかりと書かれている。ルパンとホームズを対決させるパロディは幾つかあるが、時代設定がいつとも知れなかったり、現代を舞台にしていたりするものがほとんど。二人を来日させて、きちんと明治時代にしているものは滅多にないのではないか。『ホック氏の異郷の冒険』で日本推理作家協会賞を受賞した加納一朗氏の面目躍如である。「読み物特集」は7月の刊行。1984年7月と言えば、加納氏は同賞を受賞したばかりだ。
 イラストを描いているのは、依光隆。SFファンには「ペリー・ローダン」シリーズのイラストレーターとしてよく知られる画家だ。
 作品の後には、「作者から読者へ 少年時代からミステリーに夢中だった」という加納氏の小文が一ページ付されている。小学三年生のときに『妖犬』というタイトルで『バスカヴィル家の犬』を読んだのがミステリー初体験で、それから江戸川乱歩、アルセーヌ・ルパン物を読んだ云々、と語られている。おお、〈ミステリーズ!〉vol.48の「大特集 やっぱりシャーロック・ホームズ」に寄せられていた加納氏のエッセイ「ホームズと巨大コロッケ」で触れられていた話とリンクしているではないか。
 ちなみにこの「読み物特集」には、風見潤「人形の里」という怪奇小説も収録されている。この作品なら児童向け推理&怪奇アンソロジー『朝の読み物短編集28話(1) せまりくる死の世界』(学習研究社/2001年)で読んだ覚えがある。これが初出だったのか。
 さて「消えた黄金の仏像」に戻って。時代設定は明治中期となっているが、シャーロッキアンの年代学的にもう少し突き詰めてみることにしよう。まず、途中で明治維新が「二十数年前」だと記述されている。とすると明治維新の1867年に21から29を足して、1888年から1896年の間、ということになる。
 ルパンとホームズを競演させる場合、重要な問題となるのは年齢差。ルパンは1874年生まれということなので、1890年でも16歳。幾ら6歳にして「王妃の首飾り」を盗んだルパンといえども、ホームズと対決するのはちょっと苦しい。
 一方、ホームズの側にも都合がある。1891年4月から94年4月までは、ホームズが死んだと思われていた大失踪期間なのでそこを除かないといけないのだ。『ホック氏』パターンのようにその間に来日していた、という手もあるが、本作では堂々と「シャーロック・ホームズ」と名乗っているので、成立しにくい。
 以上を勘案して1895年(明治28年)にしておけば、ルパンも20歳を過ぎているしホームズも生還しているし、御維新も28年前。条件にぴたりと合致する。
 それにしても加納さん、推理作家協会の土曜サロンではよくお会いするし、わたしがシャーロッキアンだということもご存じなのだから、こんな作品を書いていたなら教えて下さいよ。……というわけで、電話をしてお尋ねしてみたところ、あまりよく覚えていないとのこと。現物を見れば何か思い出すかも、とおっしゃるので、急遽、直接お会いさせて頂くこととなった。こういう形でお会いするのは初めてなので、ちょっと緊張。

 ――こちらなんですが(と現物をお見せする)。いかがですが。
「これは自分の手元に残ってないこともあって、まるで記憶にありませんでしたねえ。正直言ってその時期、たくさん書いているからひとつひとつは覚えていないんですよ」と加納さん。
 ――ううむ、確かにたくさん仕事なさってましたからねえ。
「元のルパンとホームズが対決する話を、付録でやったことは覚えているんですが」
 ――あっ、それは知ってます、というか、持っております。本作は推協賞受賞の直後の作品ですが、やはりそれがあったからこのような内容となったのでしょうか? それとも本作の載った「読み物特集」が歴史特集だったから、明治物で、という編集部の意向があったのでしょうか?
「その辺の経緯も、全く覚えていませんねえ」
 ――そうですか……。しかし覚えていないということは、まさかこの他にも加納さんオリジナルのホームズ物があったりする可能性も?
「うーん、はっきりは分かりませんが、こういう類のものはさすがにこれだけだと思いますよ。最近、ホック氏ものの短篇を新作で書いたというのは、ありますが」
 ――噂には聞いておりました。論創社から近々刊行される、加納さんの本に収録される予定の作品ですね。とても楽しみです。

 ……以降、色々とお尋ねしたのだが、これ以上のことが判明することはなかった。話の流れで、本作とは無関係ながらも貴重な昔話を幾つもお聞きすることはできたが、ここでは割愛する。
 そして、わたしが次にホームズ・パロディ・アンソロジーを編纂する際には、本作を収録させて頂ける約束も取り付けた。
 しかし「読み物特集」には、まだまだ様々なミステリーやSFが埋もれている可能性がある。実際、今回は同時にもう一冊別な「読み物特集」も購入したのだが、それには知られざるシャーロッキアーナが収録されていた。引き続き、チェックを続けていきたいと思う次第である。

(初出:〈ミステリーズ!〉vol.49/2011年10月刊)

(2018年6月22日)



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