帝都探偵大戦
江戸・第二次世界大戦前・そして終戦直後と三つの時代を舞台に、当時活躍した名探偵がそれぞれの事件を追ううちにやがて大きな悪に遭遇、共闘と相成る、博覧強記で知られる著者ならではの趣向が楽しめる本書ですが、ここで収録の三篇についての簡単なあらすじを、出てくる名探偵(一部)を交えてご紹介します。

黎明篇
三河町の半七が追う、妙な刺し傷のある女の遺骸とともに残された煙管の謎、明神下の銭形平次が聞き込んだ大店の小町娘につきまとう怪しい噂、そして船宿で酌を受ける「若さま」と呼ばれる侍に持ち込まれた未解決事件――江戸の各所を騒がせる奇怪な謎が集まり、空前絶後の大捕物へと展開する。

戦前篇
名探偵として名を馳せる刑事弁護士・法水麟太郎は、久々に出馬を要請された。それはナチスが日本政府に執拗に引き渡しを求める謎の物体 “輝くトラペゾヘドロン”について、ナチスがそれを探す背景を探ってほしいというものだった。法水は理学士でもある同業の帆村荘六の手を借りて捜査に乗りだす。時同じくして、謎の自動車事故を追う新聞記者・獅子内俊次は濠に飛び込んだ車が痕跡なく消え失せるという怪事に遭遇し、元検事の私立探偵・藤枝真太郎の元には帝室博物館から奇妙な宝玉にまつわる依頼が舞い込む……一九四一年、軍靴の音響く帝都・東京で活動を封じられた“名探偵”たちが共闘する!

戦後篇
一面が焼け野原と化し、廃墟となった帝都・東京。少しずつ回復の道を歩む町に聳えるのは、「帝国」を取り払った東京大学。その法医学教室では俊秀と名高い医学生神津恭介が「前後」を入れ替えられた奇怪な他殺体の検視を行っていた。その頃、警視庁舎では、郷英夫菊地勇介らを率いる加賀美敬介捜査一課長が、都内で続発する怪事件についての会議を開こうと招集をかける。そして明智探偵事務所の留守を任された少年探偵団団長・小林芳雄は、新興コンツェルンに届けられた「予告状」を目にしてある決意を固めていた――帝都の其処此処で起きる不可思議な事件が、ジグソーパズルのように組み上がって大きな犯罪の構図を描く。

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ここからはちょっとした余談です。
本書の担当編集者が高校に入学したのは、かれこれ四半世紀も前(計算しないでください)のことですが、ある日さしたる理由もなく、どう考えても今日は学校に行く気分じゃない、と思って発作的に近所の区立図書館に逃げ込んでしまったことがあります。そうして学校を訳もなくサボった罪悪感と高揚感のうちに書架を眺めていると、ぱっと目に入ったのは

『股から覗く』

というとんでもない書名でした。作者は葛山二郎。知らない人です。なんで二郎こんな書名つけたん? と動揺しながら思わず手にとって開いてみると、輪を掛けてとんでもない内容紹介がそこにありました。

……股の下から世界を眺めることに無上の悦びをおぼえる男が目撃した殺人事件の二転三転する謎……

いやだからどういうこと!? しかも殺人事件ってこれミステリなの!? 〈探偵クラブ〉って叢書の一冊なら当然かも知れないけど……と色々と吹っ飛んだ勢いで閲覧室に入って本書を読んでみると、なんとまあこれが大変面白い。表題作の異様な主人公の性癖が見事に事件に活かされていて、短い中にも鮮烈なインパクトがありました。併録されていた法廷劇「赤いペンキを買った女」も素晴らしく、勢いに乗って同じ装幀(背表紙)で目についた城昌幸『怪奇製造人』、そして蘭郁二郎『火星の魔術師』を書架から探してきて、結局一日かけて夢中になって読みました。
とくに蘭郁二郎の「夢鬼」はまさに絢爛たる悪夢といった小説で、普通の価値観では理解しがたい甘美さに、胸が悪くなりながらも異様に入れ込んで読み切った記憶があります。「白金神経の少女」も都会的モダニズムと科学への夢、ある種の少女小説的な甘さが融合した好篇で、タイトルも含めて愛らしい佇まいがありました。
城昌幸は鮮やかなアイデアの中に、散文詩的な美しさと、どことなく海外幻想小説の雰囲気が漂っているところに憧れました。初めて買った春陽堂文庫が『死人に口なし』になったのは、この〈探偵クラブ〉での出会いに拠るものです。
そのような次第で、〈探偵クラブ〉の三冊を読んだことにより、妙に悟ったといいますか、漠然と思い悩むことがばかばかしくなって翌日から元気に学校に通うようになりました。
この一日だけの自主休校については誰にも話した事がないのですが、この日にあった三冊が、後々の自分の道を決定したようにも思います。
というのもこの話には、それから数年後に就職したのは〈探偵クラブ〉の刊行元だったという冗談のようなオチがつくからでした。

なにか気分がくさくさしているときは『股から覗く』を読むと元気が出るというライフハックをお伝えした次第です。ちなみに『帝都探偵大戦』には葛山氏の名探偵・花堂琢磨弁護士も登場しますよ! 

(2018年9月4日)



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