今月の本の話題

2018.08.30

大人気物件、ご紹介します 三木笙子『帝都一の下宿屋』

帝都一の下宿屋
 東京で一人暮らしがしたくても家賃が高くて、というあなたに『帝都一の下宿屋』をご紹介します。

 なんと銀座という好立地! 京橋川に沿って細く伸びた南紺屋町です。煉瓦造りの洋館がたくさん建ち並ぶ文明開化の中心地に住むなんて、故郷の親御さんも喜びますね。

 この「静修館」は高い志があっても裕福ではない若者の力になりたいという、大家さんのあたたかい心遣いで開かれた下宿屋です。今は代替わりして、お孫さんの梨木桃介さんが大家として切り盛りしているんですよ。

 お部屋は和室でそれほど広くはないですが、一人で住むには充分。台所や水回りは共用です。お風呂はありませんが近くに「松の湯」があるので問題ありませんね。
 なにより料理上手な桃介さんが作る美味しい食事付き(たまにおやつも出るようです)なんて、初めて一人暮らしをする若者にはとってもありがたいですよね。
 機嫌の良い大家さんの働きっぷりは、見ているだけでも楽しいとご近所でも大評判です。
 もちろん入居希望者は多く、夢に向かってきっかけを掴んだ下宿人が名残を惜しみつつ出て行くと、空き部屋はすぐに埋まってしまうんだとか。
 現在は学生さんのほかに通訳や辻占を生業にする若者が住んでいます。「まほろば新聞」で連載を抱える人気小説家の仙道湧水さんもそのひとり。これまで数々の下宿屋を追い出されてきた湧水さんですが「この下宿屋を追い出されたらたまらない」と、桃介さんの元では規則正しく生活をしているようです。生活習慣まで変えて健康になるなんて、お家賃以上の価値があるのではないでしょうか。

 個性豊かな面々が住む大人気のこの下宿屋、是非一度ご覧になってください! 争奪戦まちがいなしですよ。

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 と、不動産屋さんのように『帝都一の下宿屋』の舞台となる「静修館」を紹介してみました。
 この物語はそんな下宿屋を舞台に、人気小説家の下宿人と家事万能の大家さんが、明治の世で起こる事件を解き明かしていくミステリです。ミステリだけでなく、当時の料理や湯屋の仕組みなど、匂いまで感じられる明治の暮らしぶりも読み所のひとつですよ。
 梨木桃介は『人魚は空に還る』から始まる〈帝都探偵絵図〉シリーズにも登場するキャラクターです。その主人公の一人である雑誌記者の里見高広の下宿先が、「静修館」なのです。合わせて読むと、三木笙子が紡ぐ帝都の世界がより広がりと深みを持つことでしょう。

(2018年8月30日)



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