今月の本の話題

2018.06.20

定石にいたる過程を徹底分析! 劉昌赫/金世実・洪敏和 訳『一手の背景』

ミステリなふたり あなたにお茶と音楽を
 徒然草に「囲碁・双六好みて明かし暮らす人は、四重・五逆にもまされる悪事とぞ思ふ」と、あるひじりの申しし事、耳にとどまりて、いみじくおぼえ侍る。(百十一段)という記述がある。四重とは殺生・偸盗・邪淫・妄語の四つの罪で、五逆とは父を殺す、母を殺す、阿羅漢を殺す。僧の和合を破る。仏身を傷つけることで、最高に悪いことの羅列である。

何もここまで悪く書かなくてもよいのに思うが、少しばかり身に覚えもある。

 囲碁を始めた頃、結婚の決まった先生に引越しの手伝いを頼まれた。当日遅刻してはいけないと、共に手伝うことになっていた友人のアパートに泊まったのだが、その友人も囲碁を始めたばかりで、夕食が終わって対局となった。勝負は勝ったり負けたりで、気付くと3時を回っている。さすがに寝なければと寝たのはよいのだが、起きたのは10時過ぎ。完全な遅刻である。

 当時は携帯電話もない時代で、慌てて先生のアパートに向かった。すでに引越しの後で、誰もいない。幸い引越し先の住所を聞いていたので、そこへ向かった。そこでも粗方片づけは終わっていた。先生はフィアンセとニコニコしていたが、バツの悪いことは甚だしい。別の友人の冷たい視線も辛い。などと言いながらも昼食とビールは格別であった。この手の失敗談には事欠かないどころか、ここに書けないようなことを何度もしでかしている。兼好法師の言うことはもっともだと思う。

 これも始めた頃の話だが、碁会所へ行って初段と名乗る人と対局した。9子置いての対局であったが、数手進む内にすべての石を殺されてしまった。その夜は、天井に碁盤が現れ、寝付けなかった。初段の人が神様のように思えた。後に自分が腕をあげ、初段といっても何も分かっていない、非常に弱いことが分かることになる。

 囲碁は、盤面にすべてが現れている。その局面をどのように捉えるかが問題で、実力によって捉え方は違ってくる。囲碁は手談とも言われるが、石での対話である。一手に意味を込めるわけである。そしてその一手には、歴史がある。こう打てばこうなるという、過去の碁打ちの研究の成果が眠っている。

 定石というのもそうである。しかし有利だと思われていたものが、ある一手で覆ってしまうこともある。囲碁の神様といわれた呉清源などは、将に一手を変革した人であろう。一世を風靡した武宮正樹の宇宙流なども過去の考え方を変えたものであろう。最近ではアルファ碁が碁の発想を変えつつある。

 さて本書は、一手にはどんな意味があるのかを追求した。どういう意図で一手が打たれたのか、一手を打つ前に相手の意図をどれだけ分かっているのか。碁を打つ時に知っておかなければならないことを解説したものである。ただ打つだけでも面白いものであるが、意味、意図が分かってくると更に面白い。

 碁を知らない人のことが理解できない。やはり悪事なのかなと思うことである。

(2018年6月20日)



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