今月の本の話題

2018.05.21

置碁で勝つためのテクニックを徹底解説! 鄭壽鉉/洪敏和訳『白を持って置碁を打つ』

白を持って置碁を打つ
 太宰治の「葉」という小説の冒頭にヴェルレーヌの引用がある。

「選ばれてあることの 恍惚と不安と 二つわれにあり」

 これはヴェルレーヌがランボーに対する傷害の罪で服役中になした詩集「智慧」(人類最強の宗教詩と言われている)の一節で、そしてこの言葉を引用した太宰治は、大地主の子供に生まれはしたが、折り合いのつかない自分をそこに重ねているように思える。

 閑話休題。
 江戸時代の川柳に「あの馬鹿が本因坊に四子置き」というのがある。囲碁には置碁というハンディ戦があり、プロ中のプロである本因坊家の当主に四子というのは、アマチュアとしての実力もさることながら、相当名誉なことであっただろう。現代でもプロ棋士に二子や三子置いて打てるとなると、アマチュアのトップグループとして尊敬される。ましてやアマチュア同士でも石を置かせて打つということは大したものなのである。 

 囲碁を覚えると大概は九子からスタートする。初段に九子で勝てるようになると、九級の力があると判定される。力をつけるに従って、どんどん置石が減って、互先ということになる。相手が自分より弱いと石を置かせて打つ立場になる。

 上達して、今まで上手だった相手に石を置かせるようになることがある。およそ囲碁を打つ者にとって、置碁で白を持つ嬉しさは何物にも代えがたい。何も選ばれたわけではないのだが、自分の上達を実感する瞬間である。しかしその嬉しさには勝てるかどうか、良い碁が打てるかどうかの不安が同居する。置碁の白番は、通り一遍の打ち方だけでは通用しにくい。特に二子局や三子局は、実力が拮抗しているので大変である。

 本書は、白の立場で置碁を解説・研究した実に稀なものである。二子局や三子局を取り上げて、白番でどうすれば勝負に持ち込めるのか、その為の考え方やテクニックを解説した。置碁をこなすことが出来るようになれば、上手の考えもより理解出来るようになり、囲碁感覚が広くなり、更なる上達が見込めるはずである。今までとは違った碁が打てるようになってくる。

 永年のライバルに白を持つこと、そして石を置かせることは、囲碁を打つ者にとっては常に目標であり続ける。

 余談だが囲碁には、江戸時代に本因坊家、林家、安井家そして井上家の家元があった。世襲ではなく有力な弟子を跡目としたようだ。幕府より扶持が出ていて、「名人碁所」という頂点を目指して競っていた。明治時代になって本因坊家が辛うじて残ったが、本因坊秀哉名人によって、その名跡は日本棋院に委ねられた。それを一つのタイトルとして、プロ棋士が争うようになったのは、昭和になってからである。

 囲碁に関心のないものには、全く縁のない話である。
 人は、今生きている世界の他、別の世界を持つべきだと言われるが、それには囲碁が最適なものの一つであることは間違いのないことだと思っている。


(2018年5月21日)



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