キネマトギラフィカ
いつもの通勤電車、駅から会社までの道のり、ランチを摂るカフェ。見馴れた光景の至るところに、まだ黒いスーツに着られているようなフレッシュマンの姿を見かけるようになって一ヶ月ほど経ちました。東京創元社がある飯田橋はビジネス街。至る所で、先輩同行の道中に社内の人間関係を教わっていたり、同期たちに相談をしていたりする場面に居合わせます。街自体がそわそわしながら新人さんを受け入れていく空気に、たとえ新人が自分のところにはいなくても入社○年の私も背筋がピッと伸びる気持ちがします(すぐにだれないようにしなくては……)。
古内一絵『キネマトグラフィカ』はそんな新緑の季節にピッタリの作品です。

老舗の映画会社に新卒入社した男女六人組の同窓会から物語は幕を開けます。五十代となった彼らは、地方都市の映画館で六人の思い出が詰まった映画を鑑賞すること。いつのまにかそれぞれの意識は新人時代に遡ります。
時は平成四年。映画が大好きで就職した人、「なんとなく面白そう」で就職した人、腰掛けのつもりで働く人、親のコネ入社の人……。働く事情も仕事への想いも六人それぞれ。採用人数の少ない映画会社でこれほども同期がいるのは珍しく、会社も彼らを持てあまし気味。六人のうち四人が地方の映画館を回って映画を売るローカルセールスに配属され、なかなか希望通りの仕事が出来ない日々が続いていました。そんな彼らに思いがけない出来事が。ダブルブッキングが原因で、一つのフィルムを新幹線便で運ぶ綱渡りの「全国フィルムリレー」を行うことになったのです。果たして、うまく行くのかどうか――。
六人六様の人生模様を、それぞれの視点で描きます。自分なりに頑張ったつもりではあるけれど、あのころ思い描いていたような自分になれているのか、誇れる自分になれているのか。エンドロールが流れる時に、彼らの胸中に浮かぶ思いは……。

著者の古内一絵さんは映画会社に二十年勤め、営業、配給、宣伝、買いつけ、DVD制作と様々な角度から映画に携わってきました。映画がフィルムだったころのディティールに富んだ舞台裏は、古内さんにしか描けません。フィルムからデジタルへの移行をテーマの一つにした今作は、映画業界モノとしても大変貴重で興味深い一冊です。

働くことはこんなにも悔しいことだらけで辛いことが多くて、でもそれらが全部ふっとぶほど楽しいこともある。仕事を始めて1ヶ月、予想より大変な毎日に息切れしている新人さんにも、毎日一生懸命働いて肩が凝っている人にも、これから働く場所を求めて頑張っている人にも読んで欲しいです。働く人に幸あれ!

(2018年4月27日)



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