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2018.03.19

現役の犯罪捜査官が描く、「吸血鬼」と呼ばれた稀代の犯罪者の物語。マルク・パストル『悪女』

ペインスケール
みなさまこんにちは。ラムネとフェレットをこよなく愛する翻訳班Sでございます。花粉症がつらい今日この頃です。

さて、めちゃめちゃ面白い新刊、マルク・パストルの『悪女』(白川貴子訳、創元推理文庫)をご紹介いたします。これは20世紀初頭のスペイン、バルセロナを舞台に、「吸血鬼」と呼ばれた実在の犯罪者を描いた異色の物語です。

まずはあらすじを……。

20世紀初頭のバルセロナ。幼い子どもが何人も失踪し、子どもをさらって貪(むさぼ)る化け物の仕業だという噂が立つ。今日また一人、新たな子が姿を消し、頸動脈(けいどうみやく)を噛みちぎられた男の死体まで発見された。その化け物の名はエンリケタ・マルティ。人間の魂を刈り取る全知の存在が、「吸血鬼」と呼ばれた稀代(きたい)の悪女の恐ろしさを語り尽くす。犯罪捜査官の著者が、犯罪者の実話に材を得て描く戦慄の物語。

あらすじを読んで「人間の魂を刈り取る全知の存在」ってなんだ!? と思われた方がいるかもしれません。いやでもこれ、あらすじの通りなのですよ。物語の冒頭で語り手が自分のことを話しているのですが、その部分もちょっと引用しますね。

私はあらゆるものになり代わり、どこにでも出没できる。どちらかと言えば、振る舞いは男に近い(振る舞うと言ってもいいものかどうかわからないが)。それにもかかわらず、世間では女性めいたいろいろな名前で呼ばれることが多い。〈黒衣の天使〉だの〈死の御使い〉だの。(中略)私について、されこうべや骸骨だの黒マントだの、大鎌などを思い描くのはやめていただきたい。ただれた皮膚に虚ろな眼窩、霧の中から悲鳴が響くといったイメージ、鎖、邪悪な高笑い、おどろおどろしい亡霊。そういう中世じみた連想をしないでほしい。

だいたいお気づきかと思うのですが、この物語の語り手はいわゆる「死神」のような存在なのです。「魂を刈り取る」というのはそういう意味です。「私」という一人称の彼(彼女?)が、ある女性についてさまざまな人物の視点で語りつくす、それが本書なのです。読み始めればすぐに、その魅力的な語り口に引き込まれるはずです。彼は時間や場所を限定せずどこにでも現れ、時には謎の人物になりかわり、人々からさまざまな面白いエピソードを引き出していきます。

その全知の語り手が話してくれるのは、女であって女でない、背筋の凍るような稀代の犯罪者――エンリケタ・マルティについてです。20世紀初頭のバルセロナ、彼女は幼い子どもたちを誘拐し、バルセロナの人々を震撼させた実在の誘拐殺人犯です。〈ラバルの吸血女〉〈バルセロナのバンパイア〉〈ポネン街の吸血鬼〉と呼ばれた彼女の犯罪について、恐ろしくおぞましい「事実」が語られていきます。

エンリケタの犯罪についてはかなり史実にそって書かれており、フィクションと見事に融合されているのが本書の魅力です。そしてもう一つは、この作品が現役の犯罪捜査官によって書かれているということ。著者のマルク・パストル氏は、犯罪学と犯罪取締政策の学位を持つ、事件や犯罪者をめぐる専門家。カタルーニャ自治州警察の化学捜査課に所属しているのです。

現役の犯罪捜査官が、実話に材を得て、異形の存在を語り手において執筆した――これ以上ないほど奇妙で恐ろしく、そして抜群に面白い『悪女』を、ぜひご一読いただけますと嬉しいです。

マルク・パストル『悪女』は3月22日ごろ発売です。この記事の冒頭にある書影をクリックした先のページで、本書の試し読みもできます。どうぞよろしくお願いいたします!

(東京創元社S)  
(2018年3月19日)



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