今月の本の話題

2018.02.07

市井豊『人魚と金魚鉢』文庫化記念スペシャルインタビュー

人魚と金魚鉢
2018年2月に文庫化される『人魚と金魚鉢』。本書は、『聴き屋の芸術学部祭』に続く、連作ミステリシリーズ第2弾です。

主人公は、聞き上手ゆえに〈聴き屋〉をしている、名探偵の柏木くん。本作では、彼をはじめとした、T大学芸術学部文芸サークル第三部〈ザ・フール〉の愉快な仲間達が遭遇する、不思議な謎を5編収録しています。

文庫化を記念し、著者の市井豊氏に執筆秘話をお伺いしました。

――前作『聴き屋の芸術学部祭』は、〈日常の謎〉2編、殺人が絡む事件2編を収録していました。一方の本書は、収録5編全て〈日常の謎〉です。どんな謎を扱うかは、初めから意識していたのでしょうか?

前作はロジックを転がすことに注力していましたが、次はもっと人物を丁寧に描き、ロジックも数より質を重視し、シンプルな構成にするよう心がけました。シリーズの作風との兼ね合いもあり、必然的に事件性のある謎は避ける形になりました。ただ、具体的な部分は行き当たりばったりです。ボツもたくさんあるんですよ(笑)。

――第1話「青鬼の涙」は、主人公・柏木くんの厳格な祖父が泣いていた理由を探るという、シリーズでも異色作です。本作を執筆したきっかけは?

実は収録作五本の中で、最後に書かれた作品です。ほかの四本とは毛色の違う話にしたく、「別れの物語」を書こうと思い立ったのですが、本シリーズは明る作風なので、しんみりした話は相応しくありません。いろいろ考えた結果、あえて〈聴き屋〉らしさを除外すると同時に、これまでほとんど描かれなかった、柏木自身の物語を書くことになりました。

――柏木くんの個性的な家族が勢揃いしますが、性格は自然に決まったのでしょうか。

最初に決まったのは祖父と父の性格です。柏木の物語の裏側では、父の物語が展開されています。それがどう決着したかは、結末で匂わせています。
弟と妹は、あるノンシリーズ短編を改稿する際に消滅した主人公姉弟の性格を、そのまま流用しました。ふたりの年を逆にしたのは、長兄となる柏木とバランスを取るためです。ちなみにノンシリーズ短編のタイトルは「断章『からくりツィスカの余命』」です。

――第2話「恋の仮病」は、聴き屋だからこそ柏木くんが気付けなかった、あるカップルの真相を描いています。この「構図の反転」とも呼べる謎解きは、どう思いついたのでしょうか?

先述のとおり、丁寧かつシンプルに書こうとしたら、自然と「構図の反転」がベターという結論に至りました。また第二短編集を作るに当たり、前作未読の方のために、聴き屋とはどういうものかを説明する作品が必要でした。そうしてできたのが、作中の「一か月前」のパートです。それだけだとさすがにシンプルすぎたため、あとから「心理学部」のパートを追加し、ミステリ的演出を補強しました。

――メインとなるカップルふたりの関係性、ラストで明かされるタイトルの真の意味が素敵ですね。恋愛が主軸となる作品は、市井さんの作品では珍しいように思いました。

とても恥ずかしかったです。友人にもそう言われました(笑)。私は前作を「学園物」や「青春物」として書いた意識はなかったのですが、そう受け取った方もおられると聞き、ならば期待に応えようと、がんばらせていただきました。一番評価が気になる作品でしたが、どうやらご好評いただけているようで、ほっとしております。

――第3話「世迷い子と」は、美少年タレントの行動の謎を明かすという、とてもミステリらしい作品です。設定や謎について、どのようにお考えになったのでしょうか?

タイトルとテーマは学生時代からありました。いわゆる「狂人の理論」を書きたかったのです。執筆のトリガーとなったのは『ドン・キホーテ』です。〈聴き屋シリーズ〉を書く際に心がけるのは、「聴き屋ならではの状況」ないし「芸術学部生ならではの状況」を作ることであり、作者の悩ませる要素でもあるのですが、本作では両方を活かそうとしました。私としては珍しく後付けの真相です。執筆中に思いついたときは小躍りしました。

――あることに悩んでいた件の少年に対して、柏木くんが向ける眼差しの温かさが印象的でした。

もともと自分が関心のあるテーマですが、それを後押ししてくれたのが『ドン・キホーテ』と『夏目友人帳』でした。ドン・キホーテや夏目のような人物が身近にいたら、何をしてあげられるだろう、というアンサーのつもりです。

――第4話「愚者は春に隠れる」は、〈ザ・フール〉メンバーによる、熾烈なかくれんぼの顛末が描かれています。にぎやかな作品ですが、執筆したきっかけは?

対決ものが書きたい、季節感のある話も入れておきたい、「世迷い子と」が動きのない話だったから今度はできるだけ人物を動かしたい、ザ・フールがどんなサークルか説明するエピソードがあったほうがいい、Where dun itが書きたい、川瀬を活躍させたい、といった考えが混ざって生まれました。書き上げてみて、これがシリーズにおけるライトさのボーダーラインかなと思います。これ以上軽くすると、持ち味がブレるかもしれません。

――本作は、強烈なオチが印象的でした。

あの人はいつも作者の想定を超えます。

――表題作である第5話「人魚と金魚鉢」は、組曲「人魚と金魚鉢」の見立てのように、発表会のステージが泡だらけにされた謎が描かれています。着想はどこから来たのでしょうか?

実は収録作五本の中で、最初に書かれた作品です。日常の謎は視覚的に地味になりがちなので、なんとか派手に演出したいと考えました。加えて、「芸術学部生ならではの状況」や、学生時代に「人魚姫」のオマージュを書いたこと、先輩を活躍させたいなど、さまざまなアイディアが重なってできました。中でも核となったは、師弟をテーマにする、ということでしょうか。短編集を作る際、できれば毎回作中作を一本入れたいと思っており、本作がその枠に該当します。
ひとつめの真相に、音と○の相関性、というものがあります。私の個人的な感覚だったので本ネタにするのは避けたのですが、本作を読んだ親戚のクラリネット奏者さんから、「あれすごいわかるー」とお墨付きをもらえました。

――前作「芸術学部祭」と対になるような、音楽祭の描写が素敵でした。モデルにしたイベントはあるのでしょうか?

「芸術学部祭」と対になる、というのは狙いどおりなので嬉しいです。学生の定期演奏会は、中学時代に同級生の出演を見に行ったのが唯一です。大学の授業で、教授のバンドの生演奏を聴いた経験も、雰囲気作りの一助になっているでしょうか。


――書いていて楽しかったシーン、あるいはキャラクターは?

「恋の仮病」の中で、九つもの設問をたたみかけるシーンは筆が乗りました。あと全話のラストシーンは、どれも余韻を残すいいものになったと思っております。
登場人物はなるべく必要最小限に、と常々思っているのですが、第一短編集発表後、どうやら先輩と梅ちゃんが人気らしいと耳にしたので、ファンサービスのつもりで登場シーンを増やしました。なんやかんや楽しかったです。相対的に川瀬の出番が減ってしまったので、次回は多めに出てもらうかもしれません。

――反対に、書くのが大変だったシーン、あるいはキャラクターは?

表題作や「愚者は春に隠れる」の空間描写には手を焼きました。昔から空間把握が苦手で、そのせいか球技や車の運転も下手です。助けてください。
大変なキャラは、柏木です。彼、独特ですよね。

――本シリーズは芸術大学の個性的なキャンパスライフを描いていますが、お好きな学園ミステリや青春ミステリはございますか?

赤川次郎さんの『三毛猫ホームズの推理』や有栖川有栖さんの『双頭の悪魔』は広義の青春ミステリになりますか? 読書をはじめた初期は「ミステリは殺人が起きなきゃ面白くない」「ロジックがあればストーリーはいらない」と思っていたのですが、光原百合さんの『十八の夏』に蒙を啓かせていただきました。ちょうど十八の夏に読めたことは幸福です。

――今後の展望をお聞かせください。

果たして展望を語れるほど自分に未来があるのか、大いに不安ではありますが、一歩ずつ成長していけたらと思います。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。娯楽の多様化が進む昨今ではありますが、ひとりでも多くの方と推理小説の面白さを分かち合えればと思っております。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

市井豊(いちい・ゆたか)
1983年神奈川県生まれ。日本大学芸術学部卒。2008年、「聴き屋の芸術学部祭」で第5回ミステリーズ!新人賞に佳作入選する。12年、同作を表題作とした連作集で単行本デビュー。書き下ろし学園ミステリ・アンソロジー『放課後探偵団』には〈聴き屋〉シリーズの「横槍ワイン」をもって参加。

公式ブログ:「まあまあ進行形(仮)」

(2018年2月8日)



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