文字を持たぬ辺境の島に生まれ、異国から招かれた師に導かれてはじめて書物というものの存在を知り、物語に耽溺して育った青年。成長した彼はついに、憧れの帝都へと旅立つ。

 だが航海中、不治の病に冒された娘と出会ったがために、彼の運命は一変する。膨大な書物を収めた〈王立図書館〉のある島に幽閉された彼はそこで、書き記された〈文字〉を奉じる人々と、語り伝える〈声〉を信じる人々の戦いに巻き込まれてゆく。

 書物と口伝、真実はどちらに宿るのか。デビュー長編にして世界幻想文学大賞・英国幻想文学大賞など四冠制覇、書物と物語の持つ力をめぐる、傑作本格ファンタジイ。

 オロンドリアを初めて訪れたとき、わたしはかの国の海岸の輝きも知らなければ、明りと色彩がなだれ落ちる薔薇のごとく大海に降り注ぐ港町ベインのことも知らなかった。商人たちが芳香に陶然とするベインの香料市場の広さも知らなければ、詩人に詠われる緑のイルロウンの川面をたゆたう朝霧を見たこともなかった。髪に宝石をちりばめた女や、丸屋根の赤銅色のきらめきを見たこともなければ、風が海から寂寥を運んでくる南部の物悲しい浜辺に佇んだこともなかった。
『図書館島』第一章冒頭より)

 11月30日発売予定のソフィア・サマター/市田泉訳『図書館島』(Sofia Samatar, A Stranger in Olondria, 2013)は、ファンタジイ読者はもちろんのこと、小さいころに本の世界にひたり、まだ見ぬ世界の広さに胸をときめかせた経験があるすべての人に読んでもらいたい、そんな傑作です。

 影山徹氏によるカバーイラストは、舞台となる世界の地図をモチーフにしたもの。中心として描かれた〈浄福の島〉を基点として大きく展開する物語、ぜひお楽しみに。

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