今月の本の話題

2017.10.23

囲碁は恋の駆け引きと似ている 権甲龍・成起昌 編/洪敏和 訳『精妙収官――完璧なヨセ』

 恋の駆引きと言えば、スタンダールの「赤と黒」を思い浮かべる人も多いかと思う。ジュリアン・ソレルという貧しい青年が、自分の才を頼りに、フランスの王政復古期の貴族たちの倦怠や革命への恐怖を背景に、貴婦人や貴族の令嬢との恋愛を通じて出世し、破滅する物語だが、そこでの恋の駆引きの心理描写は見事なものである。
 
 さて一局の碁は、相手の思惑を超えたところに勝利がある。とりわけ序盤と中盤は駆引き(読み)の連続で、定石や手筋を介在させるのは当然だが、相手と違う発想や深い読みこそが勝利をもたらす。それは相手を振り向かせる恋の駆引きに似ていると思うのだが、いかがだろう。

 囲碁は、麻雀とは違い、全ては盤上に表れているので、盤面の形をどう推理するかがポイントとなる。そして囲った地所が多い方が勝ちであり、途中で大きく囲われたり、石を多数殺されたりして、挽回不可能になった場合に、負けを認めるのが「中押し」負けである。最後まで並べて、囲った地所を数えて勝敗が決まることもある。
 
 プロの対局では、「中押し」勝ちが多いようだが、「中押し」勝ちが、最後まで並べて勝つよりも優れているということではない。大石をほふって「中押し」勝ちも嬉しいものだが、ヨセ合って半目残すのも囲碁の醍醐味。逆に半目負けた時の悔しさは例えようがないが、あえて例えると、失恋したときの悔いのようだ。

 アマチュア同士の対局は、終盤にさしかかった頃に20目か30目の差が、いつの間にか僅差になってしまうのも良く見かける。アマチュアにはヨセが苦手という人が多いようだ。ヨセの手順やタイミングだけでなく、一局の流れを的確に掴んでいないことが勝負を左右し、ヨセで失敗する原因でもある。

 本書は、先手後手の関係やコウ材の数を考えたヨセの手段を扱っているもので、半目勝負に勝てるヨセの手順を解説。ここまで来ると駆引きは通用しない。先手であれば、正しい手順で一直線に勝利がある。
 高段者向けの問題集で、かなり強い人でも全問正解はむずかしいかもしれない。しかし「こんな手もあるのか」と鑑賞するだけでも棋力向上に大いに役立つものと確信している。

(2017年10月23日)



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