本書は、『ジーノの家 イタリア10景』で、日本エッセイスト・クラブ賞と講談社エッセイ賞を史上初ダブル受賞した内田洋子さんのエッセイ集です。
 いつも、まるで短編小説のような味わいのエッセイでイタリアの今を切り取ってみせてくださる内田さんですが、今回は、ご自身の半生記ともいえる一冊になっています。
 イタリア語を学び、イタリアに渡り、イタリアで人に出会い、本に出会う……その中には故ウンベルト・エーコ氏もいらっしゃいました(「テゼオの船」の章)。

 イタリア在住30余年の内田さんとの出会いは、翻訳権エージェント、UNO Aaaociates Inc. の代表・内田さんとしてでした。
 イタリアのユニット作家ルーサー・ブリセットの『Q』とウー・ミンの『アルタイ』の翻訳権の交渉をお願いしているうちに、『ジーノの家』をお書きになった方と知り、すべてが始まりました。
『ジーノの家』がどれほど素敵なエッセイ集だったか……。胸を撃ち抜かれたというのがもっとも相応しい表現でしょう。今風に言う「ズキューン!」でした。
 今まで何人の友人に薦めてきたことか。買ってプレゼントしたことさえありました。他社の本なのに!
 その後に刊行されたものも次々に拝読。まさに「虜(とりこ)」になってしまったのです。
 文章に込められた力とそのキッパリとした美しさに感服したのはもちろんですが、すべてを引き寄せる内田さんの人間力、自分にはない力だったのでくらくらするほど魅惑されました。チャンスの前髪を掴む人、それが内田さんです。決してガツガツした作法ではなく、感ずるところがあったらさらっと自然にそれを掴むことができる方です。
 優柔不断で、つねにどうしようどうしようと迷い続け、結局何もせずに終わることが多い私が、今回は「私にも本を作らせてください!」と躊躇(ためら)わずに突撃しました。チャンスの前髪を掴んだのです!

《イタリアの創造力》という展覧会を日本で開くに至ったエピソードには圧倒されました。あたってくだけろで、ついに展覧会を日本に誘致してしまう(「電話帳」の章)、まさに前髪を掴む話です。
 本の行商、山奥の村の〈本祭り〉のエピソードもきわめて興味深く感動的です(「本から本へ」の章)。

 実際に本作りの作業に入って、著者としての内田さんに直に接し、ますます学ぶところ大でした。今や私が自分を鼓舞する呪文は「前髪、前髪」です。
 とにかく、このエッセイ集を皆様にお届けできるに至ったのですから、呪文の力は絶大です。

 人々に出会い、様々なかたちの本に出会う……、美しく力強い一冊です。
(カバー画 マツモト・ヨーコ 装幀 藤田知子)


(2017年7月12日)



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