受験勉強を終え、希望に満ちあふれた気分で向かうキャンパス。数多くのサークルや部活動の勧誘を掻き分けてオリエンテーションや授業に向かう新入生の様子は、4月の大学の風物詩です。もちろん、若い読者の方は、中学・高校の入学式を思い浮かべてください。入ろうと思っていた部活やサークルではなく、ついつい綺麗な先輩の誘いに応じて想定外のクラブに入ってしまったなんてこともよくある話。私自身も上京したばかりの18歳の春を懐かしく思います。

 そんな日を思い出しながら読んでいただきたいのが、本書『江神二郎の洞察』の第一話である「瑠璃荘事件」。英都大学に入学したばかりの有栖川有栖(アリス)は、ふとした出来事から江神二郎との出会い、推理小説研究会(EMC)に入部することになります。このアリス入学からの約1年を綴ったのが本書です。もちろん江神部長を筆頭に、織田光次郎(信長)、望月周平(モチ)、さらに最終話からは有馬麻里亜(マリア)と個性的なメンバーも健在。アリスの濃密な1年を追体験してください。また皆川博子さんの温かな視線での解説も必読です。

 ちなみに、ミステリ研究会の日々を綴っているので、多くのミステリの作品名がメンバー間の会話の中に散りばめられています。たとえば最終話「蕩尽に関する一考察」でマリアがEMCに入部するきっかけとなった、ドロシー・L・セイヤーズの『ナイン・テーラーズ』、アリスが読みたがっているイーデン・フィルポッツの『誰が駒鳥を殺したか?』(創元推理文庫版タイトルは『だれがコマドリを殺したのか?』)は現在でも発売中ですので、EMCへの入部のためにもぜひ!


(2017年5月29日)



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