第16回本格ミステリ大賞受賞作『死と砂時計』が、この度、文庫化されることとなりました。‬

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 あらかじめ死が決定している人間を、なぜ殺さなければならないのか?‬

 本書の劈頭を飾る第一話「魔術師シャヴォ・ドルマヤンの密室」は、推理作家・法月綸太郎の傑作短編「死刑囚パズル」『法月綸太郎の冒険』所収)で提示されて、いくつもの変奏を生み出した‬強烈な謎から端を発します。
 純粋かつ不可解な謎に想を得て執筆された第一話では、死刑執行前夜、密室状態にあった独房でふたりの死刑囚が別々に斬殺されているという、複雑怪奇きわまる状況がつくりあげられています。

 驚くことに、被害者だけが死刑囚ではありません。その謎を解くのもまた、死刑囚です。
 舞台となる場所は、世界各国から集められた死刑囚を収容する“終末監獄”。
語り手である青年アランは、牢名主と呼ばれるシュルツ老人の助手となって、獄内の事件を捜査していきます。

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 死刑囚しかいない監獄内は一見無秩序のようにも思えますが、看守や獄卒がいる以上、そこには厳重な管理体制が敷かれていて、内と外が存在します。本作も、猥雑さを感じさせる反面、全編に亘ってどこか理性的な読み心地もあります。
 そうは言っても特殊な舞台なだけあって、ひと癖ふた癖ある登場人物ばかり。また、犯罪者ばかりの空間で起こる事件も、自然と奇想が溢れています。

 なぜ囚人は、敢えて満月の夜を選んで脱獄したのか?
 なぜ監察官は、退官間近に死なねばならなかったのか?
 なぜ墓守は、埋めた死体を自ら掘り返して解体したのか?
 なぜ女囚は、男が一人もいない女子刑務所で身籠ったのか?

 尋常でない事件が起こり、猥雑と不可思議が入り混じる監獄内。檻に囲われた世界のなかで、論理で以て光明を与えていく老囚のその姿は、名探偵と呼ばれる人々と同じ輝きを放っています。

 そして、五つの謎が解き明かされて最終話、物語は全編を通して蔽い隠されていた主人公の過去に迫っていきます。親殺しの罪で収監されていた青年アラン。その事件の真相とは? 名探偵が指し示す光の行き着く先には、まさに世界を崩壊させるような衝撃が待っています。

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‪ 異色の本格ミステリの書き手として独自の地位を築く作家・鳥飼否宇。‬
 第16回本格ミステリ大賞に輝き、名実ともに著者の代表作となった『死と砂時計』の文庫版は5月11日発売予定です。


(2017年5月11日)



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