「学園を舞台にした作品を書いてみないかというお誘いを受け、(中略)冷凍庫を開けたら、たまたま中にアイスキューブがあったので、そのとき書いていた話の主人公の名前にした」(「あとがき」より)

藍須救武(あいすきゅうぶ)という初見でどう読むのか迷ってしまう探偵役の名前は、そうやって生まれたのかと担当編集者も初めて知りました。

ドラマ化もされた〈田舎の刑事〉シリーズで知られる滝田さんの新作は、学園を舞台に高校生探偵と相棒の毒舌後輩が活躍するお話です! と、紹介したいところですが、全五話のうち高校で事件が起きるのは一話だけ、あとの事件は彼らのバイト先だったり馴染みの警察(他に言いようがないのですが決して頻繁に捕まっているわけではありません)で起こります。名探偵たるもの、行く先々で事件に巻き込まれるのは宿命ですね。
さてこの名探偵、藍須救武は相当なポンコツの模様。一つ下の後輩である白城一馬(はくじょうかずま)は突拍子もない先輩にいつも振り回されてばっかりです。どのくらい不良品なのでしょうか。本文を見てみましょう。

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「おお、いたいた。店の前で不細工で気色悪いタコの着ぐるみを着て客引きをしている。 あんな程度の低い行為をするなんて、あの人しかいない」
珍妙奇天烈な着ぐるみを一目見て、一馬はそう確信した。これがタコではなく、バカ貝の扮装ならもっと似合ったことであろう。
(中略)
「うう、血も涙もないクソガキどもにタコ殴りにされた。タコだけに」
よろめきながら立ち上がって、藍須が泣きそうな声でつぶやいた。
「やっぱ助けるんじゃなかったかなあ。ここは一つ、とどめをさしておくか」
「あっ、やめて、おやめになって」
蹴りの構えをした一馬へすがりつくようにして、藍須が懇願した。
「もうローキックはやめて。アンヨがシクシク痛いの」
「足が八本もあるんですから、二本ぐらい蹴ってもいいじゃないですか」
「いや八本のうち二本は腕だから、足は六本でございます、旦那様」
落語だか小話だかのオチに、そういうのがあった気がする。
「へえ、とにかく危ないところを助けていただき、 ありがとうございますだ、 旦那様。お礼に竜宮城へご案内させていただきますだ。 でもお代はいただきますだ」
「まずいな、ツッコミが追いつかん」  
頭を抱える一馬の腕をつかんで、藍須は強引に店の中へ引きずりこもうとした。
「はあい、お一人さまご案内」
「ち、ちょっと、下手に出ながら悪質な客引きするのはやめてください」
藍須にたこ焼き屋に引きずりこまれながら、 一馬が悲痛な叫び声をあげた。
「アルバイト番外地・死闘タコやきんちゃん篇」より)


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なかなかのポンコツぶりですね……!!
しかし藍須は学園で起きた殺人事件からタコ焼き屋を営む一家が巻き込まれた事件まで、その推理力を発揮し、たちまち謎を解き明かします。ネジの抜け落ちた規格外の頭脳を太い鉄筋でつなぎとめている男・藍須救武の推理と振り回される白城一馬のツッコミをどうぞお楽しみ下さい。


(2017年4月28日)



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