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2017.04.19

新たな姿で現代に甦る名作。久生十蘭の長篇探偵小説『魔都』

魔都
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「小説の魔術師」の異称をもつ作家・久生十蘭。彼の代表作と謳われる長篇小説『魔都』が4月21日、創元推理文庫から刊行されます。

 昭和10(1935)年の元日を軸として、三十時間のあいだに帝都・東京で捲き起こる一大事件を描いた本作。闊達自在な語りで紡がれる謎のひとつひとつが絡まりあって、迷宮の如き魔都・東京を形成しています。

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 群像劇的手法を駆使して複数の視点から物語が展開していく『魔都』ですが、数多く登場する人々のなかでも主役となる二人をご紹介します。

 一人は、新聞記者の古市加十(ふるいち・かじゅう)。
 三流新聞・夕陽新聞の雑報記者である彼は、新聞各社が集まる忘年会で分不相応にも朝日新聞の隣席に付こうと割り込んだ挙げ句、吊し上げにあって東京會舘を飛び出します。
 憤然と銀座界隈をうろついていたところ、偶然にも昔馴染みの女性に銀座の路上で再会、彼女に誘われるがままバーを訪れる古市。そこで彼は酔客に「日比谷公園の鶴の噴水が歌を唄う」という噂について訊ねられるのですが、相手は驚くべきことに来遊中の安南(ベトナム)国皇帝。皇帝との奇妙な邂逅を果たした彼は皇帝の妾宅へ招かれますが、そこで愛妾の墜死事件に巻き込まれていきます。

 もう一人は、警視庁捜査第一課課長の眞名古明(まなこ・あきら)警視。
 明晰な頭脳を持ち、これまで数々の難事件を解決に導いてきた名刑事で、犯罪や不正に対して、並一通りでない憎しみを抱いています。本文でも、「宛ら検察のためにこの世へ生れて来たような人物」と評される程です。
 皇帝の妾宅で起きた墜死事件を担当することになった眞名古は、調査の過程で、事件の背後に潜む何者かの意図を察します。職を辞する覚悟で、異常なまでの執念で捜査に臨みます。

 事件に翻弄される新聞記者・古市加十と、単身事件に挑む警視庁捜査第一課・眞名古明警視。果たして、二人の運命や如何に?

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 今回、創元推理文庫からの刊行に際して、本文庫版の特色もご紹介します。
 まず、編集にあたっては、初出誌〈新青年〉の連載を元に、新たに一から校訂を施しています。編集に携わった身としては、丹念に読めば読むほど、その自在な語りがどこから生れているのか、底知れない魅力を湛えた作品であることを改めて実感しました。
 解説は新保博久さんに寄稿いただきました。十蘭に勝るとも劣らない博覧強記を以て、迷宮の如きこの作品を読み解く手掛かりが随所に散りばめられています。読後、最適な『魔都』案内となることでしょう。

 これまで文庫版『魔都』の装画は、現代教養文庫版の司修さん、朝日文芸文庫版の清原啓子さんと、名立たるお二方が手掛けています。今回の創元推理文庫版では、島田荘司『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)からマーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(新潮文庫)まで多岐に亘る装画で活躍されている影山徹さんに描き下ろしていただきました。
 左手には服部時計店の時計塔が、右手には対になるように銀座三越が聳える、当時の銀座大通りが描かれています(ちなみに、中央の人影が佇むあたりは、路面電車が走っていたそうです)。そして、聳え立つ建物の手前に鎮座して、尋常ならざる雰囲気を出す鶴の銅像。昭和初期の東京の姿が忠実に、かつ異様に浮かびあがってきます。
 装幀を手掛けてくださっているのは、夢野久作『少女地獄』や海野十三『獏鸚 名探偵帆村荘六の事件簿』などで本文庫もお世話になっている山田英春さん。タイトルデザインも含めて、影山さんの絵に表れている「魔都」の異様さが際立ちながら、それでいて古き好き探偵小説の香りのする装幀に仕上げていただきました。

 新たな姿で現代に甦る『魔都』。これを機に是非お手に取って、「小説の魔術師」が誘う帝都・東京を彷徨ってください。


(2017年4月19日)




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