魔都
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 博覧強記と卓越した文章技巧を以て数々の傑作を世に残し、「小説の魔術師」の異称をもつ作家・久生十蘭。
 二十一世紀にはいって、国書刊行会で〈定本 久生十蘭全集〉(全11巻+別巻)が刊行されて、探偵小説から戦争小説、歴史小説、幻想小説と多岐に亘る業績の全貌が明らかとなりました。また、『久生十蘭ジュラネスク』から始まる河出文庫〈久生十蘭短篇傑作選〉(全7巻)によって、短篇の名手と謳われた十蘭の埋もれていた傑作佳作の再評価も進んでいます。

『日本探偵小説全集8 久生十蘭集』というかたちで創元推理文庫にも傑作選があるように、久生十蘭は日本探偵小説史においても無視できない作家です。本書には本格探偵小説の醍醐味を味わうことのできる連作「顎十郎捕物帳」全篇のほか、名作「湖畔」「ハムレット」などが収められています。ちくま文庫でも、日下三蔵編〈怪奇探偵小説傑作選〉の第三巻に『久生十蘭集 ハムレット』が収められています。

 短篇の名手として評価が進む一方で、十蘭が残した長篇小説は、その多くが長らく入手困難となっていました。
 そこで、数ある十蘭の長篇のなかでも代表作と名高い『魔都』を、4月に創元推理文庫から刊行いたします。

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『此の頃世間の評判では日比谷公園の鶴の噴水が歌を唄うということですが一体それは真実でしょうか』

 ――昭和九年の大晦日、三流新聞の雑報記者・古市加十(ふるいち・かじゅう)は、新聞各社が集まる忘年会で大手新聞に喧嘩をふっかけた挙げ句、東京會舘を飛び出してきた。
 偶然にも昔馴染みの女性に銀座の路上で再会した古市は、誘われるがまま彼女がマダムをしているバーに訪れる。そこで彼に鶴の噴水の噂話を持ち掛けてきたのは、来遊中の安南国皇帝だった。
 皇帝との奇妙な邂逅を果たした古市は彼の妾宅へ招かれるが、それが端緒となって、帝都・東京を震撼せしめる一大事件の幕が開く――。

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『魔都』は、昭和九年の大晦日の夜から始まり、明くる一月二日午前四時までのあいだ、帝都・東京で起きる事件の数々を描いた長篇探偵小説です。五百頁もの長さのなかに、たった三十時間の出来事が閉じ込めてあります。
 限定された時間のなかで緊迫感の溢れる展開が進む一方、群像劇的手法を駆使して、個々の事件に係わっていく人々の数だけ物語を膨らませていきます。それらが渾然一体となって、ひとつの巨大な「東京」の物語に昇華されていくのです。頁を捲れば、そこには物語と一緒に閉じ込められている昭和九年の東京の空気も感じ取ることができます。

 この度、創元推理文庫で刊行するにあたって、初出誌〈新青年〉の連載を元にしています(連載回毎に章も区切ってあります)。複雑に絡まりあっていく物語を圧倒的な勢いと技巧によって纏めあげていく十蘭の手腕を、ぜひ連載当時のまま味わってみてください。
 久生十蘭『魔都』は4月21日発売予定です。



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