主人公のカレンス・ドナテアは、地方貴族の嫡男。領地のバスタ村は、大国エルミーヌの北西端に位置する寒冷なエルー領の小さな農村だが、父のドナテア卿は監督官として村人から尊敬され、カレンスも何不自由ない子ども時代を過ごしてきた。その彼が十二歳のときに知り合った同い年の少年がサイ・レスカ。町医者の息子で、エルー郊外に祖母と暮らしている。カレンスは、無愛想で皮肉屋だが聡明なサイと次第にうちとけ、やがて無二の親友となる。カレンスの美しい妹リーンベルは、幼い頃に患った大病のせいか、物心ついてからも言葉をしゃべれず、別邸にこもりがちだったが、そんな彼女もなぜかサイにだけは気を許し、三人の少年少女は仲良く成長してゆく。
 しかし、カレンスが十六歳のとき、幸福な日々にとつぜん終止符が打たれた。リーンベルが“魔物棲み”だと発覚したのである。魔物棲みとは、生まれながらにして身内に魔物が棲みつき、それゆえに人知を超えた異能を発揮して他者を害する者のことを言う。村では〈魔物棲み〉はすみやかに神のもとに還されるしきたりで、父であるドナテア卿は苦渋の決断を余儀なくされる。そして、リーンベルの葬儀が執り行われた翌年、カレンスは郷里を離れ、王都リムリアが誇る最大のエリート校、エルミーヌ王立学院に入学。新しい土地で、初めてづくしの寮生活がスタートする。

 ……と、こんなふうに始まる本書『魔導の福音』は、第一回創元ファンタジイ新人賞優秀賞を受賞した佐藤さくらのデビュー作『魔導の系譜』に続く〈真理の織り手〉シリーズ(前作の英語タイトルTruth Weaversをもとに、本書から新たにシリーズ名がこう決まったらしい)の第二作。前作刊行から八カ月、続きが出るのをいまかいまかと首を長くして待っていた読者も(僕自身を含め)多いんじゃないでしょうか。
 もっとも、前作を読まれた方ならおわかりのとおり、本書は『魔導の系譜』のストレートな続編ではない。登場人物も違えば、物語の舞台も、小説のタイプも違う。『魔導の系譜』が、魔導士レオンと若き天才ゼクスの師弟関係を軸にした魔法修業と合戦の物語だったのに対して、本書の前半は、友情を軸にした学園もの。それこそ〈ハリー・ポッター〉シリーズ初期のホグワーツ魔法魔術学校パートを思い出すような瑞々しい魅力に満ちている。
 ただし、(前作でも触れられていたとおり)ラバルタの東に位置するエルミーヌでは、そもそも魔術の実在が公には認められていない。魔術は魔物の仕業であり、禁忌とされている。そのため、王立学院で訓練される実技も、当然のことながら、魔法ではなく剣技や馬術が中心。必然的に男ばかりの(女性の入学が想定されていない)学校なのだが、カレンスが入学する半年前、筆記試験で史上最高得点を叩き出し、実技でも他の受験者を圧倒する成績を挙げた男装の受験生が、合格後、じつは女性だったと判明。女子の入学を禁ずる規則がなかったことから入学を認められ、学院初の女性生徒が誕生した。この美貌の先輩が、アニエス・リリタヤ・クレール。エルミーヌの十二貴族のひとつクレール家の令嬢だが、父親の反対を押し切って学院に入学したため、いまは勘当中の身。おまけに同性愛者だとカミングアウトしている(異世界ファンタジイには珍しいこういう設定も本書の個性のひとつ)。この型破りな美女アニエスと、そのよきライバルでもあるイザール家の嫡男ヴィクターが、カレンスの親しい友人となる。
 三人の友情を中心にした青春群像劇はたいへん魅力的で、伝統ある全校武術大会に女性が出場することを阻もうとする生徒たちとの軋轢から、ぐいぐいサスペンスを盛り上げていくストーリーテリングも鮮やかだ。前作とくらべると、エンターテインメント的な洗練度は飛躍的に向上している。
 この学園パートに関しては、前作とまったく独立しているので、前作を未読でも大丈夫。というか、『魔導の系譜』『魔導の福音』は、むしろ姉妹編のような関係だから、本書を先に読んでから『魔導の系譜』を手にとっても、とくに問題ありません。
 本書が前作と多少関係してくるのは、エルミーヌの小領主フラセット卿が出てくる第一部第8章から。前作の第三部第4章で初登場したフラセット卿は、ラバルタの魔導士たちとの交渉に際し、支援の見返りとして魔導技術の導入を求めたが、本書ではその約束が履行され、フラセット卿はラバルタからの魔導士団をエルミーヌに迎えることになる。そして、物語の後半には、満を持してあの二人も登場。カレンスの物語に思いがけないかたちで関わってゆく。
 時系列をちょっと整理しておくと、本書の冒頭は、真紀963年。父が危篤だという知らせを受けた21歳のカレンスが学院を離れ、四年ぶりに故郷のバスタ村に帰ったあとから始まるが、小説はすぐに時代を遡り、カレンス12歳の頃(954年前後)からのサイと友情とリーンベルの悲劇を語り、第一部第3章以降はエルミーヌ王立学院の話になる。第一部の出来事を、『魔導の系譜』の出来事(末尾に※印)も含めて、ごく簡単な年表風にまとめると、だいたいこんな感じです(年号はすべて真紀)。

  950年 ゼクス(十歳)、魔導の才能を認められ、〈鉄の砦〉にひきとられる※
  952年 ゼクス(十二歳)、レオン・ヴァーデンのもとに預けられる※
  953年 カレンス(十二歳)、サイと出会う
  957年 ゼクス(十七歳)、〈鉄の砦〉へ戻る※
  958年 リーンベル(九歳)葬儀
  959年 カレンス、王都リムリアのエルミーヌ王立学院に入学
  960年 ラバルタ内乱勃発、アスター率いる魔導士たちが王家から離反※
  961年 ラバルタ内乱停戦※ ラバルタの魔導士団、魔導技術提供のためエルミ<ーヌへ
  963年 カレンス、帰郷 第二次魔導士派遣団、リムリアに到着

 こうして見ると一目瞭然だが、前作の出来事と本書の出来事は、時間的に一部重なっている。前作を読んだ人には、あのころエルミーヌではこんなことが起きていたのか――という興味を持って読める仕組みだが、未読の人や記憶が薄れている人のために、このへんで前作の内容をあらためておさらいしておこう。
『魔導の系譜』の主人公は、小国ラバルタの田舎で魔導士を訓練する小さな私塾を営むレオン。誰よりも勤勉かつ優秀だが、持って生まれた導脈が弱く、魔導士としては三流。そのため、教育に専念している。あるとき、魔導士の最高機関である〈鉄の砦〉も見放した、とてつもない潜在能力を持つ少年を預かってほしいとかつての愛弟子から依頼される。レオンと逆に、導脈が強すぎてコントロールできない、原石の天才、ゼクス。何から何まで正反対の教師と生徒は、激しく衝突しながら、やがてかたい絆を結ぶ。
 第二部からは、隣国をも巻き込む大きな戦乱の波が両者を押し流し、強大な魔力を持つゼクスは、心ならずも、戦争の帰趨を左右する(たとえて言えば、日本の戦国時代における鉄砲隊のような)存在になってゆく。
 このシリーズの世界設定の基本になるのが“魔脈”という概念。作中世界では、森羅万象が人間の目に見えない力で成り立っており、その力の流れを魔脈と呼ぶ。ふつうの人間はこの魔脈に触れることも感じることもできないが、ごく稀に(数百人にひとりくらいの割合で)、生まれつき体に“導脈”と呼ばれる器官を持つ者がいる。その導脈を通じて魔脈につながることで、その力の一部に自分の意志を及ぼし、頭に思い描くとおりの現象を起こすことが可能になる。これが魔術であり、その術を操れる人間のことを魔導士と呼ぶ。このシリーズを独特のものにしているのは、彼ら魔導士が忌み嫌われる存在であるという設定。かつて魔法の暴走が国を滅ぼしたという歴史がその背景にあり、ラバルタでは、魔導士はもっとも下賤な職業とされている。
 しかし、戦いの場では、彼らが大きな力を発揮するのも事実。そのため、嫌われ、差別されながらも、武力としての利用価値を(一部に)認められている。
 このアンビバレントな設定が〈真理の織り手〉シリーズの最大の魅力。実際、選考委員のひとりである井辻朱美氏は、「魔法の設定は素晴らしい」「類を見ない壮大な世界を描き出せるはずの設定」と絶賛。三村美衣氏も、「そうそう! 魔法が面白いと感じさせてくれたのはこの作品だけで、私はもうその一点評価でした」と述べている(第一回創元ファンタジイ新人賞トークイベントレポートより)。
 第二作となる本書では、一見、その魅力的な設定を封印したかに見えて、じつは……という具合に、やはり魔法と世界との関係が軸になる。
 導脈を持つ者は、ラバルタでは差別の対象だったが、エルミーヌでは、見えないものとされ、社会から隠され、排除されている。魔物棲みは神の元に還されるか、さもなければ、リンズという薬剤を投与され、ほとんど動けない状態で収容所に隔離されている。中世ヨーロッパの魔女狩りや、十七世紀後半から始まる精神障害者の〝大監禁時代〟、あるいは江戸時代の座敷牢や〝狐憑き〟の歴史を否応なく連想させる設定で、こういう社会的な問題にまっすぐ切り込む勇気も本シリーズの特徴だろう。
 本書の第二部に入ると、為政者であるエルミーヌの女王カンネの視点から、社会的弱者や社会的マイノリティにどう対応するかが、政治的な争点としても浮上してくる。それらは、現代世界が抱えるさまざまな問題(性的少数者に対する差別、精神障害者に対する差別など)にもまっすぐつながる。その意味では、アメリカでトランプ政権が誕生した二〇一七年にふさわしい、タイムリーな異世界ファンタジイとも読める。
 もっとも、アーシュラ・K・ル=グウィンも言うとおり、“真のファンタジーは寓意物語ではない”し、本書のクライマックスには、単純なメタファーを超えた美しさと迫力がある。
 魔脈という、異世界ファンタジーの新たな鉱脈を発見した〈真理の織り手〉シリーズ。前作からさらに物語のスケールが広がり、人物も世界もぐんと奥行きを増してきた。これから先の展開がますます楽しみだ。


【Webミステリーズ!編集部付記】本稿は創元推理文庫『魔導の福音』解説の転載です。


(2017年3月10日)




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