凡そ囲碁ほど面白いものはない、と思う。囲碁は碁盤の19×19の交点に黒白交互に打って、その囲った処の多少を争うものであるが、ルールはそれだけではなく、囲まれて呼吸点が二つ以上ない石は、死んでいると見なされる。この相反するようなルールが、人をなかなか寄せ付けない。しかし、憶えてしまえば、これが楽しみの源泉であることに異存はなくなる。

さて、最近は人工頭脳も腕を上げている? が、アマチュアはアマチュアで楽しめるもの。同じくらいの棋力の友人との対局は何よりの楽しみで、相手に読み勝ったときの嬉しさは、何物にも代えられない。江戸の川柳にも「碁敵は憎さも憎し、なつかしき」とある。

ところがプロともなると、生活と名誉がかかっているわけで、一手も疎かにはしない。一手の違いが、奈落に直結しているのだから。

本書『布石のなかの定石』は、プロが初手からどのように思考しているのかの記録と言っても過言ではない。掲載した170局以上の序盤の棋譜はかなり重い。
プロには定石だから打つという発想はない。と言うより定石を知らないと言われている。この局面で最善だからこの手を打つ。それで成果があると、他のプロは当然のごとく研究して、それよりも良い手を探す。その結果が定石となり、語り続けられるというわけだ。

本書は、一読すれば棋力向上というようなものではない。掲載の棋譜を並べてみて、考えてみて、初めて身に付くように出来ている。この楽しみは、まるで上質のミステリを読むようだ。

(2016年12月13日)



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