ひょんなことから夢が実現し、ジャクソン・ブロディは、フランス暮らしを始め、今回はそこからエディンバラを訪れた折の物語です(実のところ、この時点でブロディは、フランスでプール付きの家に住み、悠々自適の生活、探偵業はお休みしています!)。
 前作をお読みでない方にもこの作品は問題なく入っていける作品です(ブロディが元刑事の私立探偵ということ(休業中だが)、バツイチで愛する娘マーリーは元妻に引きとられていること、前作で出会ったジュリアという女優が恋人であることは、そっとお教えしておきます)。
 あの蜷川幸雄が『マクベス』を上演して〈世界のニナガワ〉になったエディンバラの国際フェスティヴァルに、女優であるの恋人ジュリアが出るというので、やって来たジャクソン・ブロディは、プジョーとホンダの追突事故に遭遇します。
 二人のドライバーの諍(いさか)いはすさまじいものとなり、ホンダ男がプジョー男をバットでなぐり倒すというありさま。
 その場をおさめたのは、たまたま居合わせたミステリ作家マーティンでした。ノートパソコン入りのバッグをブーメランのように投げ、ホンダ男の気勢をそぎ、そこに婦人警官が到着し、ホンダ男が逃げ去り一件落着。作家本人はあとから怖くなり、倒れんばかりだったのですが、ブロディに励まされ、成行きから、病院に運ばれるプジョー男に付き添うことになります。
 一方ブロディはホンダのナンバーを覚えていたのですが、面倒に巻き込まれたくないので黙っています……。
 その後、ブロディは観光でひとりで訪れた島で、なんと岩場に打ち寄せられた若い娘の溺死体を発見します。下着に挟まれたピンクの名刺を手にしますが、満ちてきた潮に遺体はさらわれてしまいます。どうしても引き戻すことができず、ブロディも救助隊のお世話になる始末。しかし溺死体の件はなかなか信じてもらえません……。
 これだけでも、大変なのですが、ミステリ作家の自宅で殺人事件が起きるは、建設会社社長が死にかけているのを妻が隠したり、様々な事件が同時進行していて、しかもそれが見事なまでに連関しているのです。ミステリ作家マーティン宅の殺人現場にちらばっていた、マトリョーシカのように事件は入れ子入れ子になっていて、これぞミステリの醍醐味にしてアトキンソンの真骨頂と言えましょう。

 事件の真相も解明された最後の最後に、すべてのピースがピタリとはまるその衝撃には、アトキンソン・ファンでないミステリ・ファンも満足してくださるはずです。

 BBC制作のドラマをご覧になった方も、未見の方も、絶対本作をお楽しみいただけると思います。是非ゼヒどうぞ。


(2016年7月5日)



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