レドンダ島とは、カリブ海にある1,3平方キロメートルほどの島で、1865年、アイルランドの貿易商マシュー・ダウディ・シールが、どこの国の領土でもなかったこの島に上陸し、王国樹立を宣言。
 1880年にその息子がフェリペ王として戴冠。このフェリペ王とは、マシュー・フィリップス・シール、なんとあのプリンス・ザレスキーの生みの親、推理作家のM・P・シールなのです。
 フェリペ王の死後、後継者問題が複雑化し、何人かの王位継承者が同時に存在する状況に。
 その一人が今月刊行の『執着』の著者、ハビエル・マリアスなのです。この王位については諸説あって、定かではないのですが、とにかく、彼はレドンダ国王を名乗り、国王として、様々な著述家等に爵位を授けたりしています。
 ピエール・ブルデュー ――Desarraigo公
 ウィリアム・ボイド ―― Brazzaville 公
 A・S・バイアット ―― Morpho Eugenia 女公爵
 フランシス・フォード・コッポラ ―― Megalôpolis 公
 エドゥアルド・メンドサ ―― Isla Larga 公
 W・G ・ゼーバルト ―― Vértigo公     等々

 そして、彼等を審査員とした文学賞を創設。受賞者には賞金と爵位が与えられるというのです?!!!!

 これまでの受賞者には、J・M・クッツェー、エリック・ロメール、アリス・マンロー、レイ・ブラッドベリ、ウンベルト・エーコ、ミラン・クンデラ、イアン・マキューアン等々がいます。なんとも、面白いというのか、奇妙というのか。

 その彼は、1951年スペイン、マドリッド生まれ。父親は高名な哲学者で、フランコ独裁政権下、反フランコ分子として一時期投獄されていたという人物。その父親がイェール大学等で教鞭を執っていたため、ハビエルは幼少期をアメリカで過ごし、後にマドリッドで教育を受けました。大学卒業後、英米文学の翻訳者となり、アプダイク、フォークナー、ナボコフ、ハーディー、キプリング、シェークスピア等々を翻訳。
 ローレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』の翻訳では、スペイン国民翻訳賞を受賞しています。
 その後、オックスフォード大学でスペイン文学と翻訳についての講義も。
 著作も多く、『白い心臓』では、IMPACダブリン文学賞を受賞するなど、世界的に評価が高い作家(他にもフェミナ賞、ネリー・ザックス賞、オーストリア国家賞等を受賞しています)なのですが、邦訳された作品は、『白い心臓』と、今年公開されたウェイン・ワン監督により映画化された短編「女が眠る時」についで、 『執着』が三作目です。

 本書は、独身の女性編集者マリアが毎朝カフェで見る理想のカップルと思える夫婦の夫のほうが、突然ホームレスの男に殺されてしまったことから始まる物語です。彼女は職場では自己中心的な上司にいらいらさせられたり、うんざりするような作家たちにふりまわされる日々を送っていたのですが、毎朝、出勤前のひとときをカフェで過ごし、二人の姿を見るのが唯一の憩いで、疲れる一日に突入するための元気の素にしていたというのに!
 その後、未亡人と知り合い、紹介された殺された夫の親友をマリアは愛するようになるのですが、彼の心は未亡人だけに向けられています。そしてマリアは、彼の秘密を偶然知ってしまい……。
 事件は通り魔殺人だったのか? 三角関係の清算なのか? それとも……? 死んだ夫は重病で余命いくばくもなかったというのは真実なのか?
ハビエルによれば、小説家というのは「子供っぽい存在で……起こらなかったこと、作り事、想像上のことだけを語る」生き物。
 本書ような男女の愛、執着、罪、死といったことも、彼にはまったく現実的でない単なる作り事だということなのでしょうか? ちなみに、彼は独身だそうですが。

 雰囲気のある素敵な装丁は、柳川貴代さんによるもの。
 レドンダ国王描く、愛と死と運命と罪をめぐる哲学小説、何やら興味が湧きませんか?

(2016年6月6日)



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