今月の本の話題

2016.05.09

モリー・グプティル・マニング/松尾恭子訳『戦地の図書館』訳者あとがき(全文)

松尾恭子 kyouko Matsuo


 本書は、When Books Went to War: The Stories That Helped Us Win World War II の全訳である。
 本書の著者モリー・グプティル・マニングは、ニューヨーク州ラッサムで育った。ニューヨーク州立大学オルバニー校で米国史を学び、二〇〇二年には、イェシーヴァー大学ベンジャミン・N・カードーゾ・ロースクールに入学。その後、第二巡回区連邦控訴裁判所で弁護士を務めるようになる。その傍らでノンフィクションを執筆し、最初の著書The Myth of Ephraim Tutt: Arthur Train and His Great Literary Hoax を二〇一二年に発表した。これは、一九四三年に出版された、アーサー・トレインの著書Yankee Lawyer The Autobiography of Ephraim Tutt を巡るひとつの騒動について書かれたものである。
 トレインは、架空の弁護士エフライム・タットが活躍する物語を数多くものした。義理人情に厚くて正義感溢れるタットは、二十年以上にわたって読者に親しまれていた。ところが、Yankee Lawyer が読者を混乱に陥れた。この作品が、タットの自伝として出版されたからだ。本には、エフライム・タットという著者名が記され、タットとその家族の偽の写真が掲載されるなど、タットが実在すると読者に思われるための仕掛けが施されていた。そのため、多くの読者が騙され、タットのことを実在の人物だと思い込んだ。ある弁護士は、仕事に関する助言をタットに求め、ある者はタットに弁護を依頼し、ある婦人は、お茶を飲みに家にいらしてくださいとタットに書き送った。さらに、Yankee Lawyer は兵隊文庫(Armed Services Editions)として出版され、戦場にも騒ぎをもたらす。沖縄で戦っていた部隊の隊員らは、タットが実在すると信じる派、信じない派に分かれて議論を戦わせたが、結論を出せずじまい。そこで、真相を確かめるべく、出版社に手紙を送った。出版社には、同様の手紙が世界各地の戦場から届いた。
 マニングは、それらの手紙を出版社の書庫で偶然見つけた。そして、手紙に記されていた、兵隊文庫と呼ばれる本に興味を引かれて調べ始め、膨大な資料に接するうちに、第二次世界大戦中に起きた、本に関連する様々な出来事について知ることになった。やがて、それらの出来事や兵隊文庫のことを人々に伝えたいという思いが芽生え、本書を執筆するにいたるのである。

 本書は、ナチス・ドイツが行なった焚書の話から始まる。ヒトラーは、自分の思想に反することが記された、一億冊にのぼる〝非ドイツ的〞な本を燃やした。そして、連合国側の人々の士気をくじき、戦意を喪失させるために、思想戦を仕掛けた。一方、アメリカでは、陸海軍が兵士に本を供給した。兵士の士気を保つために必要だと考えたからだ。また、全国の図書館員らが、〝本は武器である〞という考えのもと、寄付された本を兵士に送る戦勝図書運動を展開。出版業界の人々は戦時図書審議会を設置し、兵隊文庫を出版した。戦争に対する賛否は別として、本は兵士にとってなくてはならないものだと誰もが信じていた。
 兵隊文庫は、ポケットサイズのペーパーバックである。軍隊文庫とも呼ばれ、総発行部数は一億二千万冊を超えた。戦後は、進駐軍によって日本にももたらされ、アメリカの文化を日本人に伝える役割を果たしている。余談ながら、日本も兵士用の本を製作しており、それには江戸川乱歩の作品などが含まれていた。打ち合わせのために赴いた東京創元社において、兵隊文庫の実物を手にしたが、その時、様々な思いが私の頭をよぎった。この兵隊文庫を読んだ兵士は、どんな人だったのだろう。どこで戦い、どんな運命をたどったのだろう。生きて故郷に戻れたのだろうか……。当時、兵隊文庫は長持ちしないという声もあったようだが、結構丈夫そうだというのが私の感想だった。使われている紙は意外に厚みがあり、太いホッチキスの針を用いて綴じられていた。現在のペーパーバックに比べても、それほど遜色ないものだった。
 本書の随所に紹介されている兵士の手紙からうかがえるように、戦地に兵隊文庫が届いた時の兵士の喜びは、とてつもなく大きかった。彼らは我先にと兵隊文庫を摑み取り、それを読んで無聊を慰め、腹の底から笑い、元気になった。そして、それを軍服のポケットに忍ばせて、前線に立った。戦時図書審議会は、兵士の復員後のことを考えて、職業選択に役立つ実用書も兵隊文庫として出版している。それらは、少なからぬ兵士にとって、かけがえのない道しるべとなったのではないだろうか。
 本書では、第二次世界大戦中のアメリカの出版業界の変化や読者層の拡大についても述べられており、たいへん興味深い。紙、ハードカバーの表紙に使う木綿布といった製本材料の供給制限がきっかけとなり、多くの出版社がペーパーバックの出版に乗り出し、一九三九年には二十万冊にも満たなかったペーパーバックの販売数が、一九四三年には四百万冊にまで増える。戦争は、出版業界にひとつの変革をもたらし、それによって、戦場の兵士だけでなく、銃後の国民も本に親しむようになった。

 本は武器であるという言葉は、決しておおげさな言葉ではないと思う。ヒトラーは無類の読書家だったそうだ。おそらく彼は、本の力をよく知っていたのだろう。だからこそ、一億冊もの本を燃やしたのではないか。そして、アメリカの図書館員や戦時図書審議会構成員もまた、本の力を知っていた。だからこそ、一億四千万冊もの本を戦場へ送ったのである。

 第二次世界大戦における本を巡る歴史は、いわば、忘れられた歴史である。マニングはそれを丹念に掘り起こし、光を当てた。今まで知り得なかった歴史の一端に触れさせてくれる本書を、ぜひ、多くの方にお読みいただきたいと思う。

 本書を翻訳するにあたり、東京創元社編集部の桑野崇氏から貴重な助言をいただいた。心より感謝したい。

二〇一六年三月




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