「私は本書で、ワトスンの魅力に開眼した」
             ――法月綸太郎

あるのは奇妙な“殺人”の痕跡だけ……
「死体なき難事件」に翻弄される捜査陣
アントニイ・バークリー激賞の傑作本格ミステリ、
CWAゴールドダガー賞最終候補作



アントニイ・バークリー、
ジュリアン・シモンズ、
H・R・F・キーティング

――いずれも実作と評論の両面から英国ミステリ界を牽引した、最強の読み巧者ともいうべき人たちです。そんな彼らがこぞって褒めている作家が、本書『浴室には誰もいない』Hopjoy Was Hereの著者コリン・ワトスンなのです。それぞれどのように評価しているかは、解説冒頭にある引用をお読みください。

その解説の執筆者は、法月綸太郎先生。冒頭にあげた三名と同じように実作と評論の両面で、日本ミステリ界の先頭に立っている法月氏もまた、架空の地方都市フラックスボローを舞台にし、ひと筋縄ではいかない謎解きが楽しめるワトスン作品に魅了されたひとりです。

本書はそんなワトスンの代表作のひとつで、CWA(英国推理作家協会)ゴールドダガー賞(最優秀長編賞)最終候補作になりました。四人の警察官が一軒の家から浴槽を取りはずして運び出すという、奇妙な光景から始まる事件の眼目は、ひと言で説明すると「死体なき殺人」。殺人事件が起きたであろうことは確実なのに、肝腎の死体が見つからないのです。

匿名の手紙による告発を受けて一軒家に駆けつけたフラックスボロー警察は、家のあちこちから事件の残滓を見いだします。その最たるものが、浴室で見つかった、死体を硫酸で溶かして下水に流したらしき痕跡でした(冒頭の浴槽搬出シーンはこれにつながります)。家に住んでいたのは家主と下宿人のセールスマン、ふたりの若い男性で、ともに行方が知れません。どちらかがどちらかを殺して逐電したのか、あるいはふたりとも事件に巻きこまれたのか。実直で有能な地元署のパーブライト警部が捜査を開始します。

かように奇妙な状況とはいえ、田舎町のできごとにすぎないこの件を複雑にするのが、ロンドンから来訪し、捜査に介入する情報部員の存在です(なぜわざわざ彼らが出張ってくるのか、解説では触れていますがここでは伏せます)。「どんな事件なのか」がまず不明な事件を前に、地元警察と情報部はそれぞれ独自の捜査を進めますが、進めば進むほど事態は意外な展開を見せます。

……やがてこの「死体なき難事件」の全貌とその真相が明らかになったとき、あなたはいつのまにか巧手ワトスンの術中にはまっていたことを悟るでしょう。あなどりがたし英国ミステリ、あなどるなかれコリン・ワトスン。どうぞお楽しみに。

『浴室には誰もいない』は10月20日発売予定です。


匿名の手紙を契機に、ある家の浴室から死体を溶かして流した痕跡が見つかる。住人の男性ふたりはともに行方不明。地元警察と、特殊な事情によりロンドンから派遣された情報部員が、事件解決に向けそれぞれ捜査を始めるが……。二転三転する展開の果てに待つ、「死体なき殺人」の真相とは? バークリーが激賞した、英国推理作家協会ゴールドダガー賞最終候補作の本格ミステリ。



奇妙な謎、伏線の妙と意表をつく結末
真冬の感電死、“幽霊”の目撃談……
町の名士を続けて襲う事件の真相は?
D・M・ディヴァインに匹敵する巧手の、
英国本格の魅力を凝縮した傑作ミステリ



コリン・ワトスン
おそらく、ほとんどの読者が初めて知る名前だと思います。長編の翻訳は今回が本邦初、短編も数十年も前に三編ほど雑誌やアンソロジーに載ったきりですから無理もないのですが、決して無視できる存在ではありません。英国本格ミステリの魅力を凝縮したような作風の、巧手と呼ぶにふさわしい作家なのです。

ワトスンが書いた長編は全部で12作。1作を除き「イギリスのどこにでもあるような」架空の港町・フラックスボローが舞台となり、全作品で地元署のウォルター・パーブライト警部が探偵役を務めます。その中から今回紹介するのは、長編第一作の『愚者たちの棺』Coffin Scarcely Used, 1958)。

英国ミステリではしばしば奇妙すぎる状況で事件が発生しますが、本書で起こる事件も相当変わっています。12月の真夜中に、いい歳をした地元の名士が部屋着のまま屋外へ飛び出し、近くの野原にある送電鉄塔によじのぼって感電死したとしか思えない死にざまで見つかるのです。しかも口いっぱいにマシュマロをほおばったまま

どこからどう見ても不審な状況なのでパーブライト警部による捜査が始まりますが、関係者はひと癖ある人物ばかり。さらに現場近くでは怯えきった家政婦が「幽霊」を目撃していたり、と事態はこじれていくばかりです。そして、新たなる事件が起き……。こうした展開が、いかにも英国ミステリらしい機知に富んだ会話をまじえて綴られます。

もちろん、さりげない描写のそこここに、真相解明への手がかりがひそんでいるわけですが、この事件の全貌を看破できる読者は、そうはいないのではないでしょうか。「まさかそんな話だったとは!」と真相に驚き、楽しんでもらえればさいわいです。

『愚者たちの棺』は3月12日発売予定です。


港町フラックスボローの顔役だったキャロブリート氏のつましい葬儀から七か月後。今度は参列者のひとり、新聞社社主のグウィルが感電死する。真冬に送電鉄塔の下で発見された遺体には不可解な点がいくつもあり、現場近くでは“幽霊”の目撃証言まで飛び出す始末。相次ぐ町の名士の死には関連があるのか。奇妙な謎と伏線の妙、個性的な登場人物、機知に富む会話……英国本格ミステリの粋が凝縮された巧手の第一長編。


(2016年3月7日/2016年10月6日)




【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】

海外ミステリの専門出版社|東京創元社