どこまでもまっすぐで清廉な青春ミステリの誕生です。
福岡市内の高校に通い、水球部の活動にいそしむ〈私〉。四月のある日、美人と評判の親友・朝名の年上の彼氏を紹介されます。そのとき彼の友人として同席していた大学院生の飛木(とびき)さんは、厳粛な演奏を追求する孤高のピアニストのような雰囲気の持ち主。しかし、大人しそうな外見とは裏腹に、初対面の女子高生達の前で黙々と大量のランチをたいらげ、食べづらいミルフィーユも鮮やかな手つきで攻略していく捕らえどころのない人でした。さらには、今日の待ち合わせ場所である天神の地下街に来るまでに2人が出会った、奇妙な婦人の謎をさらりと解き明かしてみせたのです。
文化祭で起きたシンデレラのドレス消失事件やボランティア部の活動で見せた級友の不思議な行動……。この出会い以降、〈私〉の周りで起こる事件を静かに、的確に解き明かしていく飛木さんの背中を見て、〈私〉の中にも「自分で謎を解きたい」と思う気持ちが芽生え始めます。

「どうしたら謎が解けるようになりますか?」
 私は小学生みたいに質問した。相手は何でも知っている博士のような人だから。私には見えない景色や構図が見えている鳥瞰の人だから。
「大学で研究をしていても考えることだけど、解くということは、名前を探す過程なのかもしれない。何と呼ぶのか、その名前がわかれば解法は得られるように思うから」
(中略)
「……だけど、もし名前のない不思議に出会ったら? 必死に探してもどこにも相応しい名前が存在しなかったら、どうするんですか?」
 どういうわけか、私は切実さを持って尋ねていた。対照的に、飛木さんは何とも鷹揚に答える。
「その時は、新しく名づける。その不思議を見つけた人にだけ、まだ誰も知らない新しい名前を与えることが許される」

(本文より)

解くことが叶わなかった問題も、真相に辿り着けなかった謎も、すべて覚えておこう。今日は見えずとも、形を変えて色を変えて、いつの日か扉を開ける鍵が手に入ると信じて。
著者の吉野さんは福岡県の出身。天神の地下街、博多駅、貝塚線、Q大(作中表記)なども登場し、福岡市のご当地感もたっぷり楽しめる一冊です。
女子高生の〈私〉が愛おしいほどまっすぐに高校生活を送りながらたくさんの謎に出会い、飛木さんに導かれつつ解決していくなかで、少しずつ成長をする様子を見守ってください。

そして、最後のページをめくったら、もういちど頭から読み直したくなるに違いありません。
(2016年2月5日)



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