そもそも、タイトルである「プラハの墓地」とは?  プラハにある、ユダヤ人墓地のことを指しています。 ある夜、その墓地で、ユダヤ教のラビたちが世界征服についての謀議をめぐらせたといわれています。そして、それが書き記されているのが『シオン賢者の議定書』と呼ばれる文書なのです。

この文書は、1900年代初頭にロシアで刊行されると世界じゅうの注目を集め、10数年後には、とてつもない偽書であることが判明したというのに、そのまま大手を振って世界に幅をきかせつづけたのです。
例えば、反ユダヤ主義者の自動車王ヘンリー・フォードは、自らが社主であった新聞紙上で連載し、最終的には書籍化され、アメリカ国内で50万部の大ベストセラーになったのです。
ドイツでも同様に多くの読者を獲得し、アドルフ・ヒトラーは、この文書を根拠としてあのユダヤ人絶滅への道を突き進んだのでした。(『我が闘争』に引用されています」。
そしていまだに、アラブ諸国ではこの文書は読まれ続けているのだといいます。

002.jpg 歴史上最悪の偽書とも言われる、この『シオン賢者の議定書』はいったい誰によって書かれたのか? 
エーコが生み出したのは、イタリア人を父にフランス人を母にもつシモーネ・シモーニという19世紀の文書偽造家の悪党です。
ユダヤ人嫌いの祖父に育てられ、ユダヤ嫌いが体にしみついた男、女嫌いで稀代の美食家という人物です。彼の食す料理の数々は、垂涎ものです。
ウミガメのスープ、小玉葱とサーモンのジャワ胡椒風味アーティチョーク添え、ザリガニのボルドー風、ピエモンテ風の肉詰めパスタ、アーテイチョークの庭師風、ノロ鹿の尻肉、シャンパンのソルベ、コニャックとキルシュを合わせた食後酒……あのコクトーの通ったパレ・ロワイヤルに今もある《グラン・ヴェフール》での食事、そして自らも腕をふるって美食の限りをつくすのです(*)。 しかし、彼にとっての何よりの一皿、それは憎しみ。
彼の憎しみはあらゆる人々に向けられます。
003.jpg 曰く「フランス人は怠け者で、詐欺師で、恨みがましく……」、イタリア人は「信用できない嘘つきで、卑怯な裏切りもの」、ドイツ人は「フランス人の二倍の糞をひり出す」云々。
そして、彼の憎しみの矛先が、最も激しく向けられるのが、ユダヤ人なのでした。
と、ひとまず、ここまでにしておきましょう。どうぞお楽しみに。

本書には、著者エーコのコレクションのフィユトンの挿絵等、50点以上の挿画が収録されています。

(*)あまり美味しそうな料理の名や描写が並ぶので、あるインタビュアーが「さぞかし、グルメなのでしょうね?」と問うと、エーコ氏はそれに答えて「いやいや、とんでもない! 私はマック派(マック・イーター)ですよ」と答えたとか……。

*魅力的な装丁は、柳川貴代さんによるものです!

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(2016年1月7日)



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