今月の本の話題

2015.11.05

事典なのに小説? ――20世紀に書かれた21世紀の小説 『ハザール事典』ミロラド・パヴィチ/工藤幸雄訳[2015年11月]

 かつて実在し、その後歴史上から姿を消してしまった謎の民族ハザール族。
 そのハザール族はユダヤ教、イスラーム教、キリスト教と次々に改宗したのだといいます。
 その改宗問題について語った項目が45収められた事典。しかも、キリスト教関連の項目を集めた赤色の書、イスラーム教関連の項目を集めた緑色の書、ユダヤ教関連の項目を集めた黄色の書という三部構成だというのですから、それだけでわくわくしませんか?  初版は1961年といわれ、それを元にした新版が本書なのです?!。

 事典の形をとってはいますが、実は本書は物語集なのです。45項目のひとつひとつが、幻想と奇想に満ちた短編、掌編なのですから楽しいとしか言いようがありません。
 はじめから通して読んでもいいですし、たまたま開いた項目をひとつ読んでもいいですし、赤、緑、黄の各書に同じ項目がある場合もあります。ですから、それを続けて読んでみるのもいいかもしれません。どんな読み方をしてもいいのです。
 読者の数だけ読み方があると言っていいのかもしれません。
 どんな読み方をしても、注意深く辛抱強い読者であれば、各項目間の結びつきを見抜けるはずなのです。
 失われたハザール語で歌う鸚鵡(おうむ)、悪魔に性を奪われた王女、時間の卵を産むニワトリ、他人の夢に出没する夢の狩人……。奇想の数々を収めた本書は、オーソドックスな物語の楽しみをそなえながら、それでいてまったく新しい、まさに20世紀に書かれた21世紀の小説と言っていいのではないでしょうか。

 しかもこの『ハザール事典』には、男性版と女性版があります。両版の違いはわずか10行。どちらをお選びになりますか?
 そして、この創元ライブラリ版には、再録した単行本版の訳者あとがきに加え、沼野充義氏による解説が収められていますが、この解説も男女両版に少し違いがあります!
 柳川貴代さんの素敵なカバーデザインで、このバルカンの鬼才パヴィチの奇想小説を是非お楽しみください。

(2015年11月5日)



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