正統派の良質なミステリを多数発表して、英国探偵小説に黄金期を築きあげた“女王”の一人、E・C・R・ロラック。彼女の最高傑作のひとつにも数えられる『曲がり角の死体』を、創元推理文庫にて本邦初訳でご紹介します。

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 イギリスの田舎町を豪雨が襲った夜、二人の男は舞踏会からの帰途にあった。彼らを乗せた車が急カーブの続く難所〈ダイクス・コーナー〉にさしかかったところで、眼前で自動車の衝突事故が発生。大破した車の運転席からは、著名な実業家が死体となって見つかる。しかし検死の結果、被害者は事故の数時間前に一酸化炭素中毒によって死亡していたことが判明する。更に、事故直前には、現場とまったく別の場所を被害者の車が走っていたという目撃証言も……。死者が自動車を運転したのか?  不可解な “自動車事故”の謎に、マクドナルド首席警部が挑む。

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 E・C・R・ロラックの作品は、大別してロンドンを舞台にしたものと、地方の小都市やヴィレッジ(小村)を舞台にしたものがあります。これまで創元推理文庫でご紹介してきた『悪魔と警視庁』『鐘楼の蝙蝠』は、この前者にあたります。
 一方で、ロラックを評価するにあたって、ヴィレッジの描写の上手さは無視できません。まず本書では、1930年代から1940年代にかけての長閑なイギリスの田舎町の雰囲気を味わっていただきたいと思います。

 ロラック作品の魅力のひとつでもある田舎町の描写ですが、それを背景にして本書では、住民たちの様々な思惑が絡みあっていきます。
 被害者は、現代的なチェーンストアを各地で展開する実業家。舞台となる町で出店のために地元の商店に立ち退きを要請して、反撥を受けていました。また、女性関係まで明るみになって容疑者は多数浮上、事件は混迷の様相を呈します。災いの元凶であった人間の死によって、閉鎖的な田舎町には平和が訪れるどころか、いたる所で軋轢が生じ始めます。

 複雑な人間関係が形成される田舎町で、ロンドン警視庁から派遣されたロバート・マクドナルド首席警部は淡々と捜査を進めていきます。序盤は、事件の発生から捜査が始まり、次々と明らかになっていく事実が謎を一層深めていきます。しかし、そこから村人たちの思惑と並行して進むマクドナルドの捜査を経て終盤、打って変わって犯人とのサスペンスフルな対決が待ち構えます。そして、犯人が判明してから、ちりばめられた手掛かりが一点に集約されていく快感は、まさにパズラーの醍醐味といえます。
 魅力的な幕開けから、膨らみゆく謎、意外な真相――ロラックの最高傑作のひとつであるだけでなく、謎解きの魅力が存分に詰まった一冊です。


(2015年9月7日)




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