【あらすじ】
蒸気機関と遺伝学が著しく発達した1862年の大英帝国ロンドン。街に突如現れた精巧な機械人間を隠れ蓑に、鮮やかに盗まれた〈ナーガの目〉――かつて天から降ってきたこの黒ダイヤは、天才数学者バベッジが求める特殊な力を秘めていた。一方帝都は、ある呪われた名家の死んだはずの嫡男が数年ぶりに生還したというスキャンダルで持ちきりに。国王の密偵バートン&スウィンバーンが調査を始めると、男の裏には恐るべき陰謀が……
原書 The Curious Case of the Clockwork Man 書影
時は1862年、「バネ足ジャック」事件の翌年。世界都市ロンドンの街角を行きかう蒸気機関の自動二輪車(ヴェロシピード)や飛行椅子(ローターチェアー)、改造生物(大白鳥や伝達インコ)もますますその数を増やし、さらには新しい蒸気機関×遺伝子工学の“ハイブリッド”が生み出した異形の移動機関までもが登場しています。
そんな騒々しい帝都の夜の街角に突如現れた、精巧な機械人間。いったい誰が、何のために置いていったのか? 現場に行きあったバートンは、その騒動を隠れ蓑として行われていた、かつて天から降ってきたといわれる伝説の黒ダイヤ〈ナーガの目〉と関わる事件の真相を見破ります。
一方ロンドンの街は、かつて海難事故に遭い行方不明になっていた名家ティチボーン准男爵家の嫡男ロジャーが数年ぶりに生還した、というニュースで持ちきりに。ところがロジャーを自称し「請求者」と呼ばれる彼は、魁偉な風貌と巨躯を持つ、本人とは似ても似つかぬ明らかに怪しい男。しかしなぜか、彼を本人だと認める人々がティチボーン家関係者の中にまで現われる。しかも貧しい労働階級の大衆が、上流階級の人々に不当な扱いを受けている、と訴える彼を熱狂的に支持し、帝都ロンドンは一気に不穏な情勢に。
われらが天才探検家バートンと青年詩人アルジャーノンは、国王の密偵としてティチボーン事件の調査を始めます。やがて機械人間、〈ナーガの目〉、「請求者」、さらにはかの怪人「バネ足ジャック」の正体までもが、一本の線でつながりはじめ……。
本書は、19世紀中盤のヴィクトリア朝イギリスを背景に、蒸気機関をはじめとした楽しいガジェットやマッドで個性的なキャラクターが大勢登場する元気のいい物語という、いわゆる「スチームパンク」というジャンルにファンが求める魅力をぞんぶんに楽しめる作品です。しかしそれだけではなく、史実をからめた設定&プロットの練り具合や、荒唐無稽なものに説得力を持たせる絶妙な筆力により、ジャンルファンはもちろんそれ以外の読者も満足させる、完成度の高いすぐれたエンターテインメント作品になっています。
なかでも、シリーズの世界観をきちんと保ちつつ、巻ごとに異なる趣向を凝らす多彩さは魅力のひとつ。本作では(19世紀に流行し、あのコナン・ドイルも熱中した)心霊主義からゴシックホラー的な展開を取りこみ、そして前作の怪人「バネ足ジャック」にまつわる新事実をも絡めた大ネタへと……? 前作『バネ足ジャックと時空の罠』を読んだかたは、いい意味で予断を裏切られるのではないでしょうか。
またシリーズの背景には、常識や倫理の制約を飛び越えて科学技術の発展のみに傾注する〈技術者(テクノロジスト)〉と、旧弊な社会的・文化的制約を打ち倒してアナーキーな欲望を追い求める〈道楽者(レイク)〉というマッドな二大派閥の存在がありますが、彼らもただのスチームパンクの“お約束”というわけでなく、シリーズのシリアスな流れに大きく関わっていることが、本作ではますます明らかになってゆきます。
“大人のためのスチームパンク”とも呼べるような本シリーズの最新刊、ぜひご期待ください。
なお本作は、前作『バネ足ジャックと時空の罠』を未読の方が読んでも充分楽しめますが、序盤で前作の核心に触れていますので、できれば今のうちに前作を読んでおくと心おきなくページを開けます。
ということで、マーク・ホダー/金子司訳『ねじまき男と機械の心』は7月下旬刊行予定で現在編集中です。お待たせしておりますが、刊行をお楽しみに!
(2015年4月6日)
【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】
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