今月の本の話題

2015.01.08

ディック賞受賞の傑作スチームパンク! マーク・ホダー『バネ足ジャックと時空の罠』(金子司訳)[2015年1月]

バネ足ジャックと時空の罠
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 蒸気機関や遺伝学が著しく発達して大変貌を遂げた1861年のロンドン。蒸気馬車が疾走し改造生物がゆきかうこの街で、王室直属の密偵(エージェント)となった天才探検家リチャード・バートンは、親友の新鋭詩人アルジャーノン・スウィンバーンとともに、帝都を騒がす人狼たちを追う。
 そのバートンをなぜか敵視する、虚空から現れて少女たちを襲っては忽然と姿を消す謎の怪人「バネ足ジャック」は、ロンドン変貌の原因とバートンの将来について何事かを知っているらしく、バートンを襲撃するごとに予言めいた言葉を残してゆく。大英帝国の歴史を変えた1840年の重大暗殺事件とジャックは、大きな関わりがあるらしいのだが……
 やがて人狼やジャックたちの背後に、ヴィクトリア朝のみならず世界の根幹を揺るがすマッドサイエンティストたちの陰謀があることが判明する。バートンたちは大英帝国が誇る新発明の数々を駆使し、彼らの計画に立ち向かう!

《創元海外SF叢書》の新刊は、2010年度フィリップ・K・ディック賞受賞作であり、《大英帝国蒸気奇譚》シリーズ1作目となるマーク・ホダー『バネ足ジャックと時空の罠』。時間SFテーマも取り入れた、もりだくさんのスチームパンク小説です。

 舞台となるのは19世紀のイギリス。とあるきっかけで、科学技術が史実をはるかに上回るスピードで発達したために、わたしたちが知る「ヴィクトリア朝」とは大きく姿が変わっています。蒸気機関を中心に研究する工学者(エンジニア)たちが発明した蒸気馬や気送チューブ列車、回転翼式飛行椅子(ローターチェアー)から、遺伝学を発達させた優生学者(ユージニシスト)たちが生み出した伝達インコや飛行用の巨大白鳥などといった改造生物の導入により、日常生活は飛躍的に便利になっていきますが、急激すぎる発達は伝統的な社会に大変動の波を起こし……
 結果として、世の中への影響を顧みずに科学技術の発達だけを思うがままに追求する技術者(テクノロジスト)や、滑稽なほど格式ばった階級社会の通念を笑い飛ばしひっくり返そうとする放蕩者(リバティーン)らが一大派閥となり、蒸気機関が吹き上げる黒霧に煙るロンドンで日夜大騒ぎを繰り広げています。

 そんな街を駆け回る主人公が、サー・リチャード・フランシス・バートン。アフリカ探検と『千夜一夜物語』英訳で有名な彼は野性味あふれる外見に、24の言語を操る天才にして剣の達人、さらには古今東西の文化や伝承、スーフィーの秘法にも精通した文武両道、ただし率直な物言いがすぎて災いを招くのが玉に瑕。その相棒を務める青年詩人アルジャーノン・スウィンバーンはたぐいまれな直感力と行動力を持ち、みずから危険に飛び込むのが大好きな、マルキ・ド・サドの信奉者。
 彼ら2人をはじめとした「ヴィクトリアン」たちの活躍を、どうぞご期待ください。

 さて、タイトルにもなっている「バネ足ジャック」は、当時に実際にあった都市伝説上の怪人。主に1840年前後に現れ、若い女性を襲っては忽然と姿を消すという連続未解決事件の犯人として、歴史に名を残しています。彼の正体についてのぶっとんだ推理が、本書のストーリー上の大きな軸となるのですが……それは読んでのお楽しみ。
 また本書には上述の3人をはじめ、ヴィクトリア女王、チャールズ・ダーウィン、フローレンス・ナイティンゲールといった歴史上の著名人たちが、史実をふまえつつも大いに想像力を遊ばせた、ひらたくいえばとんでもない役回りで登場します。巻末についている人物紹介と読み合わせるのも楽しいですよ。

 ちなみに日本の読者にとっては、本書が受賞した2010年度ディック賞の特別賞(次点)が伊藤計劃『ハーモニー』英訳版(アレクサンダー・O・スミス訳)だった、という点でも縁があります。同年度の上位2作をイギリスと日本という国外作家の作品が占めたことからも、ユニークな作品を積極的に評価するディック賞の性格が伺えるかと思います。

(2015年1月8日)




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