今月の本の話題

2014.11.05

60秒を、1章1秒のカウントダウン形式で描く、異色の傑作 エレナー・アップデール『最後の1分』[2014年11月]

 もしあなたの人生があと1分しかなかったら?

 クリスマスを前ににぎわうごく平凡な郊外の街ヒースウィック。
 人々はそれぞれの仕事に精を出し、買い物をし、子どもたちはスクールバスで郊外学習に向かっている。なんの変哲もない日常のひとコマ。

 だが、悲劇の種は、既に蒔かれていた。街のメインストリートではガス工事が道路の片側をふさぎ、大渋滞が起こっている。町外れのガソリンスタンドでは、タンクローリーが入ってきて、地下のタンクに燃料を補充し始めた。運転手が渋滞にはまって急いでいたために、パイプに小さな穴があいていることに気かずに。クリーニング店では、ドライクリーニングの機械に故障が見つかっていた。なんとか直そうと店主は奮闘するのだが……。上空三千フィートでは、1機の飛行機が着陸態勢に入っていた。だがひとりの乗客が機内アナウンスに従わず、音楽プレイヤーのイヤホンを外そうとしない。

 一方、ゴールデン・コッカースパニエルの子犬を散歩中のバーニーは、間もなく国会議員候補として出馬することになっている不倫中のアンソニーは、伝統的な馬車での葬儀を執り行おうとしている葬儀屋の主人フランクは、失業中でこれから面接に向かう運のない若者スチュアートは、周囲の人間を手当たり次第つかまえて漫談をきかせる物乞いタイショーは、そんな悲劇のことなどまったく気づいていなかった……。

 著者エレナー・アップデールは、この作品のことを次のように語っている。

『最後の1分』は、小さな町に壊滅的な被害をもたらした、連続爆発事件発生直前の60秒間の物語です。そもそもの最初から、読者は大災害が起こることがわかっているのですが、登場人物たちにとっては今日もまた普通の一日。この日を境に自分の人生ががらりと変わるなどとは、誰ひとり思っていません。時間が刻々と進むに連れて(一章で一秒間の出来事が語られます)、読者は登場人物のいずれかに、なんとかしてこの災難を逃れて欲しいと肩入れする。あまり好感の持てない人物については、当然の報いを受ければいいと、心密かに思ったりする。そうなれば、こちらの目論見は成功です。

 物語の終わりには、誰が生き残り、誰が死んだかがわかるわけですが、それとは別に、この事件に関する情報を集めたウェブサイトも用意しました。

 こちらには、大惨事に関する政府の公式報告、ラジオや新聞の報道、各方面から寄せられた被害者への哀悼メッセージなどを盛り込んでいます。実世界によくあるように、ここにも、死者の人柄について過大に褒め称えているような部分があります。本作を読んだあとにこちらを見ていただくと、わたしがウェブサイトに盛り込んだ人物評に、不正確な事実や、不当な記述を見つけることができるでしょう。

 この作品の発想の元になったのは、近年、怒濤のように流れてくる災害や事件の報道です。最近のニュースでは被害者は等しく美化されるのが常です。しかし現実世界はそれほど単純ではない。大きな事件に巻きこまれる人々の人生模様は様々で、メディアが提示するような紋切り型の報道に収まるはずがありません。死んだ子どもたちのすべてが、天使のように生活していたわけではない。死後に一様に聖者に祭り上げられた被害者のひとりひとりは、それぞれに興味深い生活を送っていたはずで、そこを描いてみようと思ったわけです。

 もしあなたの人生があと1分しかなかったら?
 限りがあるからこそ、その一瞬一瞬が愛おしい、そんな優しく哀しい、不思議な魅力に満ちた1冊、是非ページを捲ってください。


(2014年11月5日)




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