今月の本の話題

2014.10.07

テニス×ミステリの大傑作、ここに復活! ラッセル・ブラッドン『ウィンブルドン』[2014年10月]


眼が離せない。最後の1ページまで。
若き才能がぶつかりあう白熱の名勝負、
背後で進行する大胆不敵な犯罪計画――
テニス×ミステリの大傑作、ここに復活!



現在、競技テニスには世界中に数多くのトーナメントが存在しています。そのうち全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン選手権(全英オープン)、全米オープンの四つが、国際テニス連盟の定める伝統の四大大会(グランドスラム)です。

錦織圭選手の全米オープン準優勝も記憶に新しいところですが、この四つのうちいちばん知名度が高いもの、すなわち世界一有名なテニスの大会といえば、なんといってもイギリスでおこなわれるウィンブルドン選手権でしょう。このたび創元推理文庫で復活を遂げる傑作ミステリ『ウィンブルドン』は、タイトルに偽りなし、その世界一のテニストーナメントの華、男子シングルス決勝戦を主要な舞台にした作品です。

創元推理文庫より刊行するにあたり、訳者の池央耿先生には訳文に手を加えていただきました。編集作業の過程で何度も読みなおしたのですが、傑作であるという評価はいささかも揺るぎませんでした。ほんとうに面白い作品です、と自信をもっておすすめできます。

……ただ、それはそれとして改めて気づかされたのは、本書で描かれているのが、著者ラッセル・ブラッドン(Russell Braddon, 1921-95)の考える「理想のウィンブルドン決勝戦」であるということです。

テニスの四大大会は1968年にオープン化します。それまでアマチュアにしか出場資格が与えられなかったものが、プロ選手にも門戸がひらかれたのです。その前後の時代、1950年代から70年代において一大勢力を誇ったのが、著者の出身国であるオーストラリアでした(ブラッドンは1921年シドニー生まれ。49年にイギリスへ移住、以後作家としての活動はすべてイギリスでおこない、故郷に戻ったのは晩年の93年です)。史上唯一、年間グランドスラム(同一年に四大大会すべてで優勝すること)を二回達成しているロッド・レーバー、女子シングルスと男女混合ダブルスの二部門で年間グランドスラムを達成したマーガレット・コート、ジョン・ニューカム、トニー・ローチ、ケン・ローズウォールetc……男女の別を問わず、綺羅星のごとき名選手を何人も産み出しています。

しかし、本書が発表された1977年には、ビョルン・ボルグ(スウェーデン)、ジミー・コナーズ(アメリカ)などの新たな才能が世界の第一線で活躍しており、かつてのテニス大国オーストラリアは落日を迎えつつありました。著者ブラッドンが、主人公のひとりゲイリー・キングをオーストラリア人に設定したのは、なんとか祖国にもうひと花咲かせてもらいたい、という意識のあらわれだったかもしれません。結局その後もジョン・マッケンロー(アメリカ)、イワン・レンドル(チェコスロバキア→アメリカ)などの外国人スター選手が登場し、オーストラリアの黄金時代は終焉してしまうのですが。

また、登場人物のひとり、BBCのテレビ中継で解説者を務めるジャック・クレイマーは、1940年代から50年代にかけて活躍した実在のアメリカ人選手です(Jack Kramer, 1921-2009)。ウィンブルドン男子シングルスでの優勝経験もあり、実際に長年にわたりBBCで大会の解説をしていたのですが、史実では1973年に起きた男子プロテニス協会(ATP)の大会ボイコット問題にからみ、解説の任を解かれています。それが本書では解説者として働いているのは「やはりウィンブルドンの解説はクレイマーでないと」という思いからでしょうか。

なお、ロンドンでおこなわれる大会が主な舞台なのにもかかわらず、本書にイギリス人選手がまったく出てこない点に関しては、決して不自然ではありません。自国発祥のものや市場が優秀な外国の人/物に駆逐されてしまうことを表す「ウィンブルドン現象」という言葉のもとになったとおり、ことに男子シングルスにおいては1936年にフレッド・ペリー(※引退後、ファッションブランド「フレッドペリー」の創設者となる)が勝って以降、本書が発表された77年までのあいだ、40年以上イギリス人選手は優勝できていないのです(結局、2013年にアンディ・マレーが栄冠を手にするまで、じつに77年も待つことになります)。

……というような、これまでつらつら述べてきたことは、じつのところ、本書『ウィンブルドン』を読む際にはいっさい必要ない知識だったりします。それどころか、テニスのルールを知らない人でも、楽しんでいただけると信じています。どうかひとりでも多くのかたに、この傑作ミステリを手に取ってもらえるよう願っております。


キングとツァラプキン。境遇の異なる若きテニス世界ランカーは、試合を通じて意気投合し親友となった。彼らは互いに高めあい、やがてともにウィンブルドン選手権への出場を果たす。だが、その世界一の大舞台では、ある大胆な犯罪計画が実行されつつあった――。青年たちの友情を軸に、白熱する試合と犯罪の行方を描いて手に汗握らす、極上のスポーツ小説にして大傑作ミステリ!

(2014年10月7日)




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