今月の本の話題

2014.06.05

わたしは親友を殺したの? 認知症患者の視点でミステリを書き、欧米読書界に衝撃をもたらした1冊! アリス・ラプラント『忘却の声』[2014年6月]

忘却の声 下
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記憶をなくしたあと、
わたしにはなにが残されるのか。

 本書は認知症患者の視点で書かれた、きわめて珍しいミステリです。主人公のジェニファーは64歳。もとは腕利きの整形外科医で、手が専門でした。夫には先立たれ、29歳の息子と24歳の娘がいて、現在は介護人の女性と一緒に暮らしています。本文はジェニファーによる独白と、彼女がノートに書いている手記、そして娘たちがノートに書き込んだ文章などの断片で構成されています。

 ジェニファーはアルツハイマー型の認知症を患っており、調子の悪いときには家族の顔や、まわりでなにが起きているのか判別できなくなります。そんな状態のなか、親友だったアマンダが殺された、ということを知ります。アマンダの死因は頭部の外傷によるものと見られ、なぜか、死体の右手から4本の指が切断されていました。切り口がきれいだったため、外科的知識がある人物、つまりジェニファーに容疑がかかることとなりました。さらに近隣の住人にアマンダとの言い争いを目撃されていたり、ノートから事件当日のページが切り取られているのを発見します。アマンダ殺害の容疑者とされてしまったジェニファー。しかし、彼女には親友を殺した記憶がありません。さらに日によっては彼女が“親友だった”“死んでしまった”記憶さえもなくなることがあるのです。

 このような“信用できない語り手”のギミックを使ったミステリを生み出し、欧米読書界に衝撃をもたらしたのは、アメリカの作家・ジャーナリストであるアリス・ラプラント。彼女はスタンフォード大学などで創作講座を持ち、文章指導を行っています。物語の作り方を説いたMethod and Madness: The Making of a Storyは「ロサンゼルス・タイムズ」のベストセラーとなりました。

 2011年に発表した本書『忘却の声』(Turn of Mind)は初のフィクション作品で、「ニューヨーク・タイムズ」やナショナル・パブリック・ラジオ、「ヴォーグ」などさまざまなメディアで注目され、発売後ひと月でベストセラーとなりました。医療・健康を扱ったすぐれた文学やノンフィクションに与えられるウェルカム・ブック・プライズを受賞したほか、「ガーディアン」の最優秀ミステリ、「カーカス・レビュー」のフィクション分野でトップ25作品のひとつに選ばれます。さらにCWA(英国推理作家協会)のゴールド・ダガー、バリー賞最優秀新人賞、マカヴィティ賞最優秀新人賞の最終候補となり、非常に高く評価されています。

 高齢化社会となった日本でも関心が高まっている認知症。本書では、誰がアマンダを殺したのかという犯人捜しの要素に加えて、介護や徘徊、家族との軋轢など、病気によって起こりうるさまざまな問題を描いています。身内に患者がいたり、介護の仕事に携わっていたり、TVなどで特集を見て気になっている方もいると思います。誰もがかかる可能性のある認知症という病について、正面から取り組んだ意欲作を先入観なく読んでいただきたいと思い、解説や訳者あとがきなどはつけていません。テーマは重いですが、非常に読みやすく書かれています。ぜひ、読んでいろいろなことを感じていただければ幸いです。

 『忘却の声』は6月28日ごろ発売です。どうぞお楽しみに。

*「NYタイムズ」ベストセラー
*Amazon.comスリラー&ミステリ・ベスト10
*医療・健康を扱ったすぐれた文学に与えられるウェルカム・ブック・プライズ受賞
*「ガーディアン」最優秀ミステリ
*「カーカス・レビュー」フィクション分野トップ25ランクイン
*CWAゴールド・ダガー、バリー賞最優秀新人賞、マカヴィティ賞最優秀新人賞最終候補

認知症患者の視点でミステリを書く……不可能だ! しかし著者は天賦の才能でやってのけた。――「ガーディアン」

実に面白い! 巧みでユニークなすばらしいフーダニットだ。忘却の過程を描いた、忘れがたい作品。――「ワシントン・ポスト」


(2014年6月5日)




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