今月の本の話題

2013.10.07

現代ハードSF界随一の鬼才ピーター・ワッツが放つ黙示録的傑作『ブラインドサイト』(嶋田洋一訳)[2013年10月]

ヒューゴー賞・ローカス賞・キャンベル記念賞など5賞候補
世界10ヶ国で翻訳された現代ハードSFの話題作
日本版書き下ろし解説=テッド・チャン

ブラインドサイト
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【本書あらすじ】
 21世紀後半のある日、地球全体を等間隔の格子状に取り巻くようにして突如、65536(2の16乗)個の流星が現われ、大気圏で燃え尽きた。〈ホタル〉と呼ばれるようになったそれらは、最期に発した信号の分析内容から、人類を凌駕する技術を持つ未知の何者かが送り込んできた探査機であると判明する。これは、人類にとっての予期せぬファースト・コンタクト(異種知性との初遭遇)だったのだ。
 しかし、果たしてこれは友好的な訪問なのか、それとも侵略の前触れなのか? 人類は自らを凌ぐほどの超知性をも創り出し、貧困を放逐した偽りの理想郷を築いて安逸に暮らしていたが、突如として種の存亡を懸けた未曾有の危機にさらされることとなる。
 やがて、人類はカイパーベルト(海王星軌道より外側に円盤状に広がる、小天体群の密集領域)の中に、〈ホタル〉と関連のある謎の信号源を発見。探査のため、反物質推進エンジンやナノテク生産設備を搭載した最新鋭の調査宇宙船〈テーセウス〉を派遣する。
 同船の指揮官に選ばれたのは、〈テーセウス〉を制御する超高度な量子AIと意思疎通できるほどの高い知能を持つ人類の亜種ホモ・サピエンス・ヴァンピリス、すなわち吸血鬼(かつて人類の捕食者であった彼らは、進化上の不運な連鎖によって人類文明の黎明期に絶滅していたのだが、遺伝子工学の発達により甦らせられていた)。そのクルーに選ばれたのは、感覚器官の大半を機械化・拡張した生物学者、言語処理能力向上のため四重人格化した言語学者、卓越したネゴシエイターとして和平交渉を成功させてきた軍人だった。
 そして、本書の語り手となるシリ・キートンも、クルーの一人である。彼は幼いころの脳半球切除手術により共感能力を失ったかわりに、客観的な観察に基づいて対象を理解することなく把握・対処する能力を発達させていた。その能力を用いて、ベースライン(従来の人類)と、高度なハイブリッド知性のコミュニケーションを仲介する「統合者」として働いていた彼は、人類という概念を逸脱しているクルーたちの行動を地球に向けて「通訳」するため、つまりは現場でのお目付け役という微妙な立場として参加することになったのだった。
 出発から数年後、オールトの雲(カイパーベルトよりさらに外側、太陽から約1.58光年ほどまでの距離で球殻状に太陽系を包んでいる天体群)で冷凍睡眠から目覚めた彼らは、人類とはまったく異質な進化を遂げた存在と遭遇。彼らは慎重なファースト・コンタクトを試みるが、その過程で想像を絶する恐怖を体験し、やがて人類の最終局面に立ち合うこととなる……。

* * *

 現代ハードSF界随一の鬼才、ピーター・ワッツの長編初邦訳となる『ブラインドサイト』(上下巻)が、いよいよ今月下旬に発売される運びとなりました(タイトルの意味については、以前の〈Webミステリーズ!〉掲載記事をお読みください
 本書はあらすじからも分かるように、アーサー・C・クラークやアイザック・アシモフの時代からSFの王道ともいえる「エイリアンとのファースト・コンタクトもの」という体裁を取っています。しかしそうしたおなじみの設定を巧妙にふまえつつ、その中で人間という概念そのものの再検討、とりわけ「意識の本質・存在価値とは?」という、グレッグ・イーガン作品やテッド・チャン作品のような現代ハードSFにおけるビビッドなテーマと果敢に取り組み、先行作のいずれとも異なる独創的な展開を見せる傑作です。
 以前もご紹介したように、本書は英語圏では刊行翌年(2007年)のヒューゴー賞・ローカス賞・キャンベル記念賞など5賞の候補となったほか、10ヶ国で翻訳・出版され、ポーランドのスフィンクス賞受賞やイスラエルのゲフェン賞候補となるなど、世界中で高く評価されています。
 そして、本書を高く評価しているうちの一人が、SF作家テッド・チャン氏。2007年に横浜で開催された世界SF大会(ワールドコン)"Nippon 2007" で来日した際、インタビュー企画に出演したチャン氏が「最近読んだおすすめの作品」を問われて即座に挙げたのが、本書『ブラインドサイト』。その縁もあって巻末解説の執筆をお願いしたところ、快諾していただけました。この解説は、日本版のみの特別書き下ろし。本書で展開されるある主張にまっこうから反論する形をとっているのですが、それだけに多角的に作品を読む一助となる素晴らしい内容です(ただし当然ながら本書の核心に触れておりますので、気にされるかたは読了後のお楽しみとして最後にお読みください)。
 ちなみに本書の巻末には、著者ワッツ自身による参考文献リストと詳細な解説ノートが収録されているのですが、原書では簡略版だったものを、邦訳においては著者が本来意図していたとおりの完全版に準拠しました。こちらも日本版の特典として、一読の価値ありです。

10月刊行予定、ただいま準備中! ピーター・ワッツ『ブラインドサイト』(嶋田洋一訳)[2013年8月]
(2013年10月7日)




【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】

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