今月の本の話題

2013.08.05

10月刊行予定、ただいま準備中! ピーター・ワッツ『ブラインドサイト』(嶋田洋一訳)[2013年8月]

ブラインドサイト
書籍の詳細を見る
ブラインドサイト
書籍の詳細を見る
 意識や心といったテーマを好んで扱い、グレッグ・イーガンやテッド・チャンと並ぶ新世代ハードSFの旗手であるカナダのSF作家、ピーター・ワッツ。2011年には中編「島」でヒューゴー賞を受賞、12年には短編"The Things"でシャーリイ・ジャクスン賞を受賞し、注目度も急上昇。その期待の超・新星の長編初邦訳となる作品を、創元SF文庫よりこの10月に刊行いたします。

 その長編、『ブラインドサイト』は2006年に発表された作品で、翌年のヒューゴー賞・キャンベル記念賞・ローカス賞・サンバースト賞・オーロラ賞の最終候補/ファイナリストとなった傑作です。(ちなみにこの年は、ヴァーナー・ヴィンジ『レインボーズ・エンド』やマイクル・フリン『異星人の郷』などがヒューゴー賞を争った、大豊作の年です。)
 また、本作は世界10ヶ国で翻訳され、ポーランドの2008年スフィンクス賞翻訳長編部門を受賞、イスラエルの2010年ゲフェン賞の最終候補となるなど、世界中で高く評価されています。

 さて、「ブラインドサイト」というタイトルはいったい何を意味するのでしょう?


見えていないはずなのに見えている。見えていることがわからない──
不思議な「ブラインドサイト(盲視)」


「ブラインドサイト(盲視)」とは、現実に存在する、不思議な症例の名前です。脳の視覚を司る部分に損傷を負い、視力を失ったと自覚しているにもかかわらず、目の前に示されたものの模様や位置を言い当てたりできるという症例なのです。中には、全く目が見えないのに障害物をよけて歩くことができる患者さえも存在します(http://www.ScientificAmerican.com/may2010/blindsightで動画を見ることができます)。

 ヒトの眼から入ってきた視覚信号は通常、大脳の「第一次視覚野」と呼ばれる領域に進んで意識上で処理され、“見えている”という認識を得るのですが、この第一次視覚野以外に「視床枕」や中脳の「上丘」と呼ばれる領域にも視覚信号が送られていることがわかっています。ブラインドサイトは第一次視覚野を損傷した場合に起こり、“見えている”という意識を伴わないにもかかわらず、脳の中では視覚情報が伝わっている状態であると言われています。言い換えれば、人体というシステム全体としては“見えている”のに、意識のほうはそのことを否認しているわけです。
 これは、事故などで手足の切断手術を受けた患者が存在しないはずの部位の痛みを訴える「幻肢痛」や、手首を意識的に動かそうと考えるよりも“前に“脳から筋肉を動かす信号(準備電位)が送られていることを示した「リベットの実験」、自分が死んでいると思いこむ「コタール症候群」などと並んで、脳の働きの不思議さを示す例として、近年広く知られるようになっています。

 さて、ブラインドサイトという症例が示唆するのは、“見えている”という意識のあるなしに関係なく、脳にはものが“見えている”──つまり、知覚にとって意識は必ずしも必要ないのではないか、という可能性です。では、わたしたちがふだん当然のように考えている「意識」や、自分の身体を支配している(と思っている)“わたし”という「心」は、いったいなぜ、何のために生まれたのでしょうか?

『ブラインドサイト』は、この問題に真っ向から取り組みます。みなさまご存じのとおり、近年の医療技術の発達によって脳の機能を臨床的にくわしく調べられるようになってから、最新の研究成果を活かした数多くのSF作品が国内外で書かれていますが、ピーター・ワッツの描くビジョンはそのどれにも負けない、きわめて独創的な作品であることをお約束いたします。また、脳の不思議を扱ったノンフィクションであるV・S・ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』(角川文庫)やオリヴァー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』(ハヤカワ文庫NV)などがお好きなかたも、面白く読めることまちがいなし。10月の刊行を楽しみにお待ちください。

現代ハードSF界随一の鬼才ピーター・ワッツが放つ黙示録的傑作『ブラインドサイト』(嶋田洋一訳)[2013年10月]

(2013年8月5日)




【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】

ミステリ・SF・ホラー・ファンタジーの専門出版社|東京創元社
バックナンバー