今月の本の話題

2011.09.05

60年前の上海に始まる、伝説の宝石をめぐる物語 S・J・ローザン『シャンハイ・ムーン』[2011年9月]

60年前の上海に始まる、伝説の宝石をめぐる物語
リディア・チンものの最高傑作、シリーズ第9弾


 ミステリ界最高の栄誉のひとつである、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀長編賞に輝いた前作『冬そして夜』を2002年に発表したのち、ローザンは長い間リディア・チンとビル・スミスの活躍する長編を書きませんでした。しかし、2009年、7年の沈黙を破って刊行されたのがシリーズ第9弾となる本書『シャンハイ・ムーン』です。一作ごとにリディアとビルが語り手を交代するのが本シリーズの特徴ですが、(解説で酒井貞道氏も断言しているように)『冬そして夜』がビル・スミス視点の最高傑作とするなら、『シャンハイ・ムーン』はリディア・チン視点の最高傑作となりました。

『シャンハイ・ムーン』の読みどころは多々あります。ミステリ/私立探偵小説としての充実ぶりは言うまでもありません。が、この場であえてひとつ、大いに強調したいのは、伝説の宝石《シャンハイ・ムーン》最初の持ち主であるロザリー・ギルダーの存在です。依頼を果たすため、リディアが追体験することになるロザリーの人生は波乱に富んだもので、その部分だけ抜き出しても立派に一編の歴史小説として成立したでしょう。ユダヤ人であるためにナチスドイツの迫害を受け、弟とふたり上海へ逃げるロザリー。その旅路の途中や上海の地で、彼女自身が書いた手紙から明らかになる人柄はとても魅力的で、作中の存在感でも群を抜いています。ロザリーこそ、リディアと並ぶ、本書もうひとりの主人公なのです。
 私立探偵小説シリーズとして、当代並び立つものがないほどの充実ぶりを備えつつ、歴史小説的な興味も併せ持つことになった本書を、ぜひお楽しみください。

 S・J・ローザン『シャンハイ・ムーン』は、9月29日刊行予定です。
 
※  ※  ※  ※

 私立探偵のリディアは、知り合いの同業者ピラースキーに頼まれ宝石捜しの案件を手伝うことになる。だが、調査を始めて間もなく、ピラースキーは何者かに殺されてしまう。
 消えた宝石と彼の死は、調査の過程で浮かび上がった伝説的なブローチ《シャンハイ・ムーン》の行方と関わりがあるのだろうか? そして、頼もしき相棒ビルはいつニューヨークへ帰ってくる?
 私立探偵小説の新たなるスタンダード、シリーズ第九弾。
(2011年9月5日)

 

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