今月の本の話題

2010.10.05

英国を代表するSF作家、唯一の自伝 J・G・バラード『人生の奇跡 J・G・バラード自伝』[2010年10月]

 2009年に惜しまれながらも逝去したジェイムズ・グラハム・バラード。内宇宙(イナー・スペース)を追求した作品群によってSFの新しい波(ニュー・ウェーヴ)運動を牽引した、英国を代表するSF作家ですが、彼が正確には英国生まれではないことはご存じでしょうか?

 バラードは1930年に上海に生まれ、幼少期を彼の地の国際共同租界で過ごしました。悲惨な環境下で逞しく暮らす庶民の生活に触れながらも、家族に守られ、基本的には裕福な暮らしを送ってきたバラードの幸せな日々は、日本軍の進駐を期に激変します。スピルバーグが映画化した半自伝的作品『太陽の帝国』にも強く反映されていますが、バラード一家は戦争終結まで日本軍による強制収容所に抑留されることになります。
 その後少年バラードはいかなる人生を歩み、小説を執筆するようになったのか? 作家となるまでに積んだ経験や職業に関する逸話、そして小説に反映された実生活における様々なエピソードを詳らかにする、まさにファンが待望した一冊といえるでしょう。
 本書『人生の奇跡』には貴重な写真が多数収録されていますが、表紙で微笑む少年は、とりわけ強い印象を残します。上海時代のバラードのポートレイトで、この写真は原書の表紙にもあしらわれていますが、実は原書に使用されている写真は元の画像を裏焼きにしたものです(おそらくページの開く方向に合わせて反転させたものと思われます。ちなみに日本版では、元の写真の向きのまま使用しました)。

 終末世界を独自の筆致で美しく描き出した〈破滅三部作〉と呼ばれる『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』、そして濃縮小説(コンデンスト・ノベル)と自ら名づけた手法で書き上げた短編など、思弁性の富んだ著作で多くの読者を魅了したバラード。今なお読み継がれて熱狂的な支持を得ている、その創作の源流を明かす唯一の自伝は、2010年10月末に発売です。

(2010年10月5日)


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