今月の本の話題

2009.05.07

実在の冤罪事件をモデルに、検察・裁判に翻弄される人々を描く、巨匠幻の傑作長編――開高健『片隅の迷路』[2009年5月]

 

 本書のモデルは「徳島ラジオ商殺し」事件です。昭和28年に起きた同事件では、被害者の内縁の妻が逮捕・起訴され、経済的な問題から上告を取り下げたため有罪が確定。その後冤罪を訴え、再審請求を続けますが、実際に無罪判決が下ったのは彼女の死後のことでした。本書は、人名に異同はあるものの、ほぼその事件に沿って物語が展開していきます(上告を取り下げてしばらくのところで物語は終わっています)。

 従って本書の主眼は、犯人はだれかという謎解きにはなく、冤罪事件がどのように作られるのか、そして、それによって激変した人生を懸命に生き抜いていく人々の姿を描くところにあります。とりわけ被告人の女性が法廷で、虚偽の証言に対して泣き崩れるシーンは、筆者独特の力強い筆致と相まって、ただならぬ印象を読む者に与えます。

 本書には二つの解説を付しました。
 一つは、再審請求運動にかかわられ、実際の事件の被告人となった富士茂子さんとの共著『恐怖の裁判 徳島ラジオ商殺し事件』(読売新聞社、1971年)もある、瀬戸内寂聴さんの角川文庫収録時の解説です。
 また裁判、冤罪とくれば、今年の7月から始まる予定の裁判員制度が思い起こされるところですが、その点については弁護士の巽昌章さんに、ご自身の経験を交えて詳述していただきました。
 ぜひ本編とともに、ご一読いただければと思います。

(2009年5月7日)

 

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