無償でダウンロウドできるPDFファイルも多いとはいえ、著者別やジャンル別にまとめられたものがEBOOK として発売されており、一部の例外を除いて価格も数ドル程度と安いので、基礎固めをおこなうときにはこれらを買うほうが手っ取り早い。複数の文書が一つのPDFファイルにされていて、リストも備わっているので、整理や管理がしやすいからだ。わたしはほぼゼロからのスタートになったが、文芸作家については全集に近いものが多いこともあって、すぐにLIBRARY OF THE FUTURE を凌駕するほどになった。引用の出典を見つける最強の手段を手に入れたうえ、死ぬまでの娯楽が保証されたようなものである。
 こうしたEBOOK もeBay に即売品として出品されており、専門にあつかう業者のほかに、趣味と実益を兼ねてディジタル文書をつくっている人もいて、数年前にサド選集英訳版を買ったところ、六四歳の娘に出してきてもらったという発送通知が届いて驚いたことがある。送られてきたものには、『カサノヴァ回想録』やジョルジュ・バタイユの『眼球綺譚』等も収められ、高解像度による春画集のおまけまでついていた。アイルランドに住む八十路のマーグリトお婆さんは、この種のものをさまざまなフォーマットでつくっており、老いてもなお盛んに好める道に勤しんでいるようである。
 当初は復刊に相当するものを買っていたので、読みやすくて検索もできるのをありがたく思っていたにすぎず、PDFについてはよくわかっていなかった。やがてリチャード・フラーンスィス・バートンの『アレイビアン・ナイツ』の原註に目を通したくなり、どうせならバートン・クラブから刊行されたものはないかと調べてみると、『サプルメンタル・ナイツ』まで含めた全一七巻を一巻ずつPDFファイルにしたものが見つかり、全ページを複写しただけの復刻だったのである。
 バートン・クラブの限定版は何度も再刊されているので、本当の初版にこだわりさえしなければ、入手はさほど困難ではないのだが、巻数が多いこともあって、並のコンディションものでさえ一〇〇〇ドルを越えてしまう。それがいともあっけなく入手でき、図書舘の蔵書なのでやや汚れがあるとはいえ、おびただしい挿絵もすべて揃った復刻なのだから、望外の幸せだといわざるをえない。
 検索はできないにせよ、テクスト問題から解放された復刻を目にして、翻訳家の血が騒ぎ、これに勢いを得て調べると、図書舘がこの種の復刻を手がけていることがわかった。古書のPDF復刻版をふんだんに提供してくれるサイトもあって、アタナシウス・キルヒ ャーやロバート・フラッドの著作まで揃っているのを見つけたときには、宝の山に行きあたったような思いがしたものだ。かくしてわが未来の図書舘は未来の古文書舘を備えるまでになった。
 そうこうするうちに、ディジタル文書に新しい流れが生まれた。雑誌のディジタル化である。本のディジタル化がかなり進んだのを受け、雑誌に目がつけられたのかもしれないが、先鞭をつけたのはマインドスケイプ社のTHE COMPLETE NATIONAL GEOGRAPHICだったようだ。雑誌の表紙を集めたCD-ROMなら、WINDOWS 3.1の時代からよく発売されていたが、創刊号からの全ページを収録したものは、わたしの知るかぎりこれがはじめてである。高校生のときにアメリカ文化センターでよく借りていたこともあり、つい懐かしくなって、クリスマス前にSRPの半額にあたる一〇〇ドルで購入した。ところでクリスマス・シーズンとは、日本ではクリスマスにいたる時期と受け取られているが、アメリカでは一二月二五日から一月一日まで、イギリスでは一二月二四日から一月六日までを指す。
 一八八八年の創刊号から一九九六年一二月号まで、およそ一七万八千ページが三〇枚のCD-ROMに収められていたが、CD-ROMに満載されているのはJPEGのファイルだった。雑誌のディジタル化なのだから、読めるだけではなく、トピックやタイトルや執筆者等による検索も可能でなければならない。画像ファイルを対象にして、どうやって検索をするのかといえば、インデクスが別途つくりだされ、これに基づいて画像ファイルを呼び出すという仕掛けになっている。画像管理ソフトに備わっている機能が強化されたようなものだといえばよいだろう。
 いま振り返ってみると、時代の限界のなかで最善の策が取られたのだとわかる。当時はDVDを読みこむだけの光学ドライヴさえまだ普及しておらず、ハード・ディスクも四ギガ程度のものだったから、CD-ROM三〇枚のファイルをフル・インストールするわけにもいかない。CD-ROMを取りかえながら使用するものなので、綜合インデクスを要にして、これに各CD-ROMをリンクさせることにより、目当ての記事に相当するJPEGファイルを呼び出すようにされたのである。
 インデクスがどのようにしてつくられたにせよ、あれこれ試してみた結果から推して、全文検索で得られるものに較べてかなり力不足のものであるようだ。ファイルのサイズを小さくするために採用されたJPEGファイルも、さほど鮮明なものではなかった。その気になればやや読みづらい誌面を通読することもできるし、大雑把な検索もできるという、中途半端なものになったとはいえ、雑誌のディジタル化を果たした功績は大きい。これ以後いくつかの雑誌が同じようにディジタル化されたが、わたしは全冊読みたかったパロディ雑誌のMAD だけを購入した。
 これらのディジタル版雑誌は永久保存版と呼んでよいものなのに、OS依存という問題をかかえこみ、いずれ使えなくなってしまう。わたしがことさらPDFに注目したのは、この二種のディジタル版雑誌の行く末を案じたからでもあった。PDFはOSに依存しない。検索のできる復刻であれば申し分ないが、復刻と検索のどちらか一方を選ぶしかないなら、雑誌については復刻のほうがありがたい。雑誌は引用の出典を調べる対象にはならないし、とりわけ小説主体の雑誌の場合、目次さえうまく管理すればよいだけである。
 雑誌のPDF復刻版はいまや途方もない宝庫になりつつある。六年前に『スリル・ブック』のディジタル化がおこなわれたときには、完成後すぐに送られてきたCD ─ Rを手にしてもなお、信じられない思いがしたものだ。ストリート・アンド・スミス社がパルプ雑誌に本格参入するまえに、ほとんど実験のような形で創刊し、販売地域も限られたことで、現物を目にした者も稀な雑誌なのである。パルプ雑誌はコミック・ブックとは違って投機の対象にはならないにせよ、『ウィアード・テイルズ』が高騰というより暴騰する以前ですら、この雑誌だけは市場に出れば一〇〇〇ドルを突破するだろうといわれていた。厳密にいえば、前期八冊はタブロイド雑誌で、後期八冊がパルプ雑誌なのだが、パルプ雑誌のベッドシート版と混同されて、一般には全一六冊がパルプ雑誌とみなされている。
 後期八冊については、かなり読みづらいものではあれ、全ページをゼロックス・コピイした復刻版があったが、前期八冊はまさしく幻の雑誌だっただけに、PDF復刻版の企ては快挙であった。先にも記したように、ロバート・ワインバーグやマイク・アシュリイが世に広めた軽率な誤りは、リチャード・ジェイムズ・ブライラの『スリル・ブック註釈付索引』で『スリル・ブック』については逐一指摘されたが、ブライラの指摘の正しさはこの復刻によって確認されたのである。
 復刻の実際の仕上がりは、誌面の汚れが丹念に取り除かれて、ゼロックス・コピイ版よりもはるかに読みやすい。全冊読めることはあるまいと思っていたので、『ウィアード・テイルズ』の完全読破よりも早く、CD ─ R二枚に収録された八冊を読み通したときには、さすがに感激もひとしおだった。その後、PDF復刻版に基づく復刻がおこなわれ、いまではそちらが販売されている。ついでながら、パルプ雑誌の復刻を手がけるアドヴェンチャ・ハウス社から刊行されたハードバックは、復刻ではなく新組の復刊であることを申しそえておく。同社にしては異例のことだが、おそらく完璧なコンディションのものが見つからなかったのだろう。

(2017年4月12日)