やがて『SFマガジン』をたまたま買って、この雑誌で『宇宙塵』という同人誌が発行されているのを知り、好奇心にかられて講読したことで、また新たな世界が広がった。毎号巻末に全国各地の同人誌を紹介するコラム(正しくはカラム)があって、荒俣宏さんと竹上昭さんが発行していた『リトル・ウェアード』を見つけたからだ。誌名からもわかるように、『ウィアード・テイルズ』の掲載作の翻訳を主体にした同人誌で、熱気にあふれた最高水準のものだった。実際にお会いするのは数年後のことになるが、荒俣さんに「ファン・レター」を送って文通がはじまり、わたしはついに最初にして最大の導師を得たのである。
 さまざまな同人誌を買っているうちに、関西にタイム・パトロール(正しくはパトロウル)という同好会があることを知り、若さの怖いもの知らずに動かされ、梅田のアポロという喫茶店で開かれている会合を見学させてもらうことにした。思いのほか真面目な人ばかりで、和気藹藹とした茶話会といったものだったが、高校生が大人のなかに紛れこむと、やはり遠慮があって聞き役にまわらざるをえないし、大人のほうもずい ぶん気をつかっていたようだ。幸いにもわたしと同年代の者も何人かいて、やがて大人とは別個に会うようになり、自分たちで同好会を組織しようというふうに話が進んだ。
 創立メンバー(正しくはメムバ)はわずか五人で、ひとりを除いて同学年の気安さもあり、同好会の名前は各自が考えたものをあみだくじで選び、上方SF同好会ぱんぱか集団に決定した。この名称になるまであみだくじを繰り返したような気もするが、はたしてどうだったのか。関西の乗りもあったとはいえ、当時は名前だけは立派で中身のないものが多かったので、その逆をやりたかったのである。同人誌のタイトルは『ひゅーまん・るねっさんす』というわけのわからないものに決まり、こうしてわたしたちは自由に発信できるメディア(英語としてはミーディア)を得て、どの同好会とも対等につきあえるようになった。わたしたちにとっての独立宣言である。
 当時の同人誌はタイプ印刷された高級なものもあったが、大半は手書きの謄写版刷りだった。蝋を塗った原紙を専用のやすりに載せ、鉄筆で蝋を取ったところにインクが通るという仕組である。やすりの目と薄い原紙のせいで、鉄筆できれいに曲線を引いたり塗りつぶしたりするのがむつかしく、力加減を身につけるまでかなり悪戦苦闘したものだ。明確な編集方針はなく、各自が割り当てられたページ数を自由に埋めるというやりかたが取られ、わたしはこうして小説や雑文を書きちらすようになった。創刊号はさすがに力不足の感は否めず、『ひゅーまん・るねっさんす』が大爆発するのはわたしたちが大学に進学してからである。
 進みすぎた時計の針を少しもどすと、わたしが高校二年生のときに桃源社から小栗虫太郎の『人外魔境』が復刊された。パルプ雑誌の『アドヴェンチャ』や『ブルー・ブック』によく掲載されていた秘境小説の流れをくむもので、『新青年』に各種のパルプ雑誌の掲載作が翻訳されていたことを思えば、小栗虫太郎がパルプ雑誌を読んでいた可能性も浮かびあがる。もちろん当時のわたしはそんなことを知る由もなく、主人公にも魔境にもあまり魅力を感じなかった。『黒死館殺人事件』を読んでまもないころだったせいもあるのだろう。
 桃源社からはその後も断続的に小栗虫太郎の『完全犯罪』や久生十蘭の『眞説鐡假面』等が刊行され、これらが呼び水になったのか、三一書房の夢野久作全集や久生十蘭全集へとつづき、忘れ去られていた作家を復活させるにあたって、異端という言葉が盛んに使われたものだ。六〇年代末はそういう言葉がもてはやされた時代であって、時流に乗った出版はそれなりの功を奏し、七〇年代初頭からは「異端」に乗りかかるようにして、「精神世界」と「怪奇幻想」が一世を風靡するようになる。
 ブームのおかげで好きな作家の本が新刊書と古本の双方で買えるようになり、時代がようやくわたしに追いついたような気がしないでもなかったが、こうしてわたしにとっての黄金時代がはじまった。まず、あれこれ説明をせずとも、友人たちと浮世離れした小説に ついて話しあえるようになったことが大きい。自分の読解力がどれほどのものかを確かめられるからだ。そして古本屋にはさしたる変化はなかったものの、古本市には古い探偵小説がどっとあらわれるようになり、戦後まもないころの仙花紙を使ったものが多かったとはいえ、戦前の江戸川乱歩や夢野久作等の著書もあらわれたのである。いうまでもなく、ついにこのジャンルの古書価がはねあがった。
 これまでの少しずつ値上がりするというものではなかった。最初にこの事実を知ったのは、春陽堂から大正一五年に出版された江戸川乱歩の『湖畔亭事件』(初版)と『屋根裏の散歩者』(八版)を見つけたときのことで、売値は予想していたよりも一桁高く、この二冊を買えばほかには何も買えなくなってしまう。わたしはその二冊をしっかり掴んだまま会場をくまなくめぐり、新たに見つけたものと真剣に較べつづけた。二冊とも買うか、二冊のうち一冊を選んでほかにも買うか、二冊をあきらめて量を取るか。高校生にとっては厳しい取捨選択であった。
 さて、蒐集というものは、誰かからまとまったコレクションを譲られるようなことでもないかぎり、ゼロからのスタートになるので、最初のうちは安いものばかり買っていても、それなりの満足感は得られる。これが初心者の喜びではあるが、こうして手に入れたものは、その分野の蒐集家なら誰でももっているか、洟も引っかけないものでしかない。そのような基本アイテムだけで満足することもできるが、その先にある独自のコレクションへと向かうには、身にこたえる代価を支払わざるをえなくなる。
 使い道にこまるほどの資産があればよいのだが、限られた予算の範囲内でコレクションの充実を目指すには、取捨選択のなかでも何を捨てるかが重要になってくる。相場と入手難易度を心得たうえで、優先順位を厳格に定めるというのが、集書の極意であるからだ。わたしは古本市と古本屋を訪れることで、古本についての知識を徐徐に身につけていたが、ブームなど無縁のころに買いはじめたことで、掘出物を見つける確率が高かったとはいえ、古本は安いという誤った先入観をもっていた。それがようやく正されて、何を捨てて何を取るかの基準を定めるようになったので、初心者から一歩踏み出したといえるだろう。そしてこのやりかたを身につけたことにより、もう少しあとでアメリカの古本屋から購入するときにも大いに役立った。

(2017年4月10日)