いまもなお不思議に思うことが一つある。早川書房の『エラリイ・クイーンズ(正しくはクウィーンズ)・ミステリ・マガジン(正しくはマガズィーン)』なのだが、創刊号から四二号まで専用バインダで綴じた揃いが、何軒もの古本屋にあったのだ。店によって値段はまちまちで、わたしは四〇〇円で買ったとおぼえている。一冊あたりほぼ一〇円という値段につられて買ったにすぎないが、レスリイ・チャータリスやクレイトン・ロウスンやクレイグ・ライスとの出会いがあり、フランク・リチャード・ストックトンの『女か虎か』によってリドル・ストーリイというものがあるのを知ったほか(ただしこれは日本独自の呼称)、いわゆる奇妙な味の小説をたっぷり堪能して、わずかな出費でまた新しい豊かな世界が広がることになった。
 それだけではなく、広告ページに江戸川乱歩監修全五〇〇巻におよぶポケット・ミステリの既刊総目録があって、そのなかに『黒死館殺人事件』を見つけたのである。このシリーズに日本人作家のものが含まれているとは思ってもいなかっただけに、これはまったく 嬉しい驚きだった。ただし当時のわたしの行動範囲はまだ狭く、阪急デパートの迷宮じみた広い書籍売場が売れ残りの宝庫であることも知らず、行きつけの数軒の新刊書店では見つからなかったので、古本市と古本屋でやっきになって探しつづけ、ようやく手に入れたのは一年以上たってからのことになる。
 そのころには難波や梅田にも足を伸ばし、大阪市内の主要な古本屋を荒らすようになっていて、道頓堀中座前の天牛本店の店頭にある、見切り本の箱に埋もれ ているのを発見した。ずいぶんくたびれた本で、本文用紙も見事に変色していたが、わたしにはこの古びた感じや旧かなのままであることがいっそ好ましく思えたものだ。帰りの地下鉄の車内で嬉嬉として読みはじめ、部活のせいで読書時間も限られているので、三日後の深夜に法水麟太郎の饒舌に陶然としたまま読了した。
 目当ての「オカルト趣味」については、カーの『曲った蝶番』とは比較にならないほど楽しめたし、既にセリグマンの『魔法』を読んでいたので、幻惑されることも圧倒されることもなく、むしろ眉に唾を塗るほどの気構えで対決し、装飾あるいは推理の小道具とし て、小説の構造そのものに密接に結びついているのだとわかった。もっともこの未曾有の長編小説に顕著なのは、犯罪科学趣味とでも呼ぶべきものだろう。いささか矛盾したいいかたになるが、犯罪科学趣味がオカルト趣味を従えて、空前絶後の虚構を堅固に支持しているのである。
 宗教の授業で読解を鍛えられてはいたが、いまだその伎倆はつたなく、相応の知識もとぼしかったので、一度読んだだけでは上っ面をかすめたにすぎず、その後も東都書房の日本推理小説大系第五巻等の他の版を見つけては読み直した。新かなの白っぽい本ではどうにも気分が乗らず、わずかばかりに入手していた初出をあいだにはさみ、最後は必ず終篇で締めくくって、『新青年』の連載を読了した気になったものだ。こうして何度も読み返すうちに、『黒死館殺人事件』が英米の推理小説のパロディではないかと思いあたった。
 いまもその思いにかわりはないが、当時のわたしが根拠としたのは、法水の思わせぶりな引用を登場人物が鮮やかに引用で切り返すことだった。法水が博覧強記であるのは、魔法の杖を振りつづける探偵の特権であるにせよ、ほかの登場人物も法水に伍して牽強付会の議論や主張をおこなうのは、東洋の神秘の国ならではの特殊な探偵小説というよりは、英米の探偵小説を極端なまでに誇張したものと見てよいだろう。作者が目指したのはひとえに黒死館という超現実空間を現出せしめることであって、この壮大な虚構を説得力豊かに成立させるには、虚実ないまぜての大な博引旁証が必要欠くべからざるものだったのである。この長編小説から法水の発言とそれに誘発される登場人物の発 言を取り除けば、はたして何が残るのか。法水は探偵の域を越え、不動の原動者に近い。
 憑き物が落ちたわけではないのだが、『黒死館殺人事件』をはじめて読んだころから、集書の対象に変化が起こるようになった。そのきっかけは『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』であって、せっせと四二冊を読みつづけ、ロアルド・ダール、スタンリイ・エリン、ジョン・コリアといった名前をおぼえたことで、早川書房の異色作家短篇集に向かうのは自然の成りゆきというものだろう。高校に近い阪和線の駅前に驚くほど小さな古本屋があって、このシリーズが半数近く埃をかぶっていたので、知っている作家のものを定価の半額程度で買ったあとは、阪和線で通学する級友に因果を含めて一冊ずつ買ってきてもらった。わたしの通学路とは正反対にあたるし、ほかにはまったく何もない古本屋にわざわざ足を伸ばす気にはなれなかったのである。
 このシリーズは期待以上に楽しめて、ダフネ・デュ・モーリア(正しくはデュー・モーリエイ)やジョン・コリアを筆頭に、ジャック・フィニイ、レイ・ブラッドベリイ、シオドア・スタージョン、ロバート・ブロック、フレドリック・ブラウンがお気に入りリストに加わったのだから、わたしの目はSFに向かわざるをえなかった。そして天王寺の古本屋にはSFがやたら多く、元々社の最新科学小説全集、講談社のSFシリーズ、早川書房のSFシリーズやその前身のファンタジイ(正しくはファンタスィ)・ブックが、どの古本屋にもごろごろ転がっていたのである。誠文堂新光社のAMAZING STORIES 日本語版というのもあったが、あいにくこれは一冊手に入れただけにおわった。