大翻訳家、大蔵書家の噂、今日から噂じゃない。紙本、NET本ふたつ駆使し、知と蒐集の大快楽時代をひとり体現した「超人大瀧啓裕のつくり方!」
由良君美に驚き、荒俣宏に励まされて生きた僕にして、大瀧に育てられたのか!
と思い知る。三人、僕の驚異の部屋、そう、僕のナイアガラ・トライアングル!!
――高山宏氏推薦
世界レヴェルの蔵書を背景にしてあらわれる、集書、読解、翻訳の奥の院。愛書家、翻訳家、編集者、校正者必読の書。
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未来の図書舘(一部抜粋)
コンピュータを使いはじめてすぐに、引用の出典を調べるためにシェイクスピアと聖書の検索ソフトを手に入れ、使い勝手のよさに満足したと記したが、もちろんこの二つだけで間に合うわけもなく、よく引用される小説等をたっぷり収録したものはないかと探してみたところ、たちまち打ってつけのソフトが見つかった。ワールド・ライブラリイ社のLIBRARY OF THE FUTURE 第三版である。大きな箱が面白い造りになっていて、本の表紙のように前面を開くと、見開きに小さな活字で収録作品が列挙され、古今の名著を一七五〇冊収めると謳われていた。これらのなかには短編集や詩集もあるので、作品数はちょうど倍の三五〇〇におよぶ。
CD-ROMのプラスティック・ケースには著者別の収録作品リストが挿入されており、シェイクスピアの全作品や欽定訳聖書をはじめ、『エジプトの死者の書』、『モルモン経』、『クルアーン(コーラン)』、『ポポル・ヴフ』等の宗教書、ギリシアの悲劇喜劇から欧米文学の本流を経て『フランケンシュタイン』や『ドラキュラ』にいたる文芸書、プラトーンやプローティーノスといった哲学思想書まで網羅しており、これら全作品を一括して検索できるのだから、翻訳家としてのわたしにとっては宝物のようなソフトだった。
こうして引用の出典を見つける作業が軽減され、LIBRARY OF THE FUTUREを頻繁に利用しているうちに、ディジタル・ファイルの利点を活用することに思いがいたった。わたしのような人間は図書舘に行くことさえ億劫がり、いつか必要になるかもしれないと思う本まで買いこむので、蔵書の増加はとめどもないからである。精読するものは本でなければならないが、ただ調べるだけのものなら、ディジタル・ファイルで間に合うと見きわめがついた。当時はLIBRARY OF THE FUTURE の簡易版や特殊版に相当するソフトが続続と発売されていて、多少の重複は気にせずに買いこみつづけたものだ。
コンピュータの初心者だったころに重宝したのが、アレグロウ・ニュー・ミーディア社のALLEGRO PC LIBRARY というソフトだった。各種OSや有名なソフトの解説書を網羅しているほか、初心者向けの入門書やコンピュータ用語辞典、各パーツの組みこみ方を ヴィデオで実演してくれる『PCをつくろう』、そして『こわれたコンピュータの一〇一の活用法』といったお笑い本まで含まれている。かなり値のはるものだったとはいえ、確か翻訳書が一万円以上もした、ウィン・L・ロシュの名著『ハードウェア・バイブル』が収録されているのでお買い得だった。わたしがコンピュータのハード面を少しは理解できるようになって、増設や一部のパーツの分解を気軽におこなえるまでにいたったのは、この『ハードウェア・バイブル』と『PCをつくろう』のおかげである。
思いがけない掘出物もあった。イギリスのPDSL社から発売されたGREATER AND LESSER MYSTERIESは、LIBRARY OF THE FUTUREの通俗オカルト版とも呼ぶべきもので、占星術やカッバーラーからUFO(英語としてはユー・エフ・オウと発音する)にいたるジャンルを網羅して、およそ二二〇〇の文書が収録されている。かなり怪しいものも目につき、まさに玉石混淆といったありさまだが、アレイスタ・クロウリイの入手困難なEQUINOX をはじめとする雑誌や、ヴォイニチ稿本にかかわる文献まで含まれているので、かろうじて玉が石をしのいでいた。
ただしテクスト・ファイルがCD-ROMに詰めこまれているにすぎず、それぞれの文書はワープロやエディタで開かなくてはならない。いちいちCD-ROMから読みこんでいたのでは面倒なので、必要なファイルをハード・ディスクにコピイすることに決め、改めてCD-ROM内のファイル名をながめているうちに、単純きわまりないことに思いあたった。
ハード・ディスクにLIBRARY というフォルダ(英語としてはフォウルダで、当時はディレクトリイあるいはダイレクトリイと呼ばれていた)をつくり、そのなかに著者別等のサブフォルダをつくって、テクスト・ファイルをコピイしていけば、ハード・ディスク内に未来の図書舘ができあがる。ファイルが分割されていたり、わけのわからないファイル名をつけられていたりするため、複数のファイルを一つにまとめたり、ファイル名を書名や誌名等にかえたうえ、それぞれのファイルに収録したもののリストを別途つくらなければならず、それなりに手間のかかる作業だったとはいえ、このようにしてわたし専用の未来の図書舘は着着と蔵書数を増していった。