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2017.04.11

『翻訳家の蔵書』大瀧啓裕 特別公開 第二回 文体修行(1/4)


大翻訳家、大蔵書家の噂、今日から噂じゃない。紙本、NET本ふたつ駆使し、知と蒐集の大快楽時代をひとり体現した「超人大瀧啓裕のつくり方!」
由良君美に驚き、荒俣宏に励まされて生きた僕にして、大瀧に育てられたのか!
と思い知る。三人、僕の驚異の部屋、そう、僕のナイアガラ・トライアングル!!
 ――高山宏氏推薦

世界レヴェルの蔵書を背景にしてあらわれる、集書、読解、翻訳の奥の院。愛書家、翻訳家、編集者、校正者必読の書。

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文体修行(一部抜粋)

 大学生になってからは、あいかわらず週に一日だけの部活の休みの日に、三宮から元町にかけての古本屋を荒らしたほか、近畿六大学リーグ戦の試合で京都に行ったことをきっかけに、三カ月に一度くらいは京都の古本屋をめぐるようになった。神戸も京都も大阪の古本屋とは雰囲気や品揃えが異なり、古本屋を見つけるつど胸が高鳴ったものだ。神戸はさすがに海外の本や雑誌が多いのに加え、白水社や第一書房から刊行されたフランス文学の翻訳書がよく見つかって、アナトール・フランスやプロスペル・メリメにぞっこん惚れこんだ。京都は古本というよりも古書の宝庫で、いささか勝手が違ったが、話し好きの店主のご高説を拝聴するのが楽しかった。
 アメリカの古本屋にほぼ毎月のように注文するようになったのも、大学生になってからのことである。実際には高校生のときに二回注文したが、一〇ドル程度の送金をするにも、高校生の身には負担にすぎて頓挫してしまった。四〇年以上もまえの一〇ドルを侮るなかれ。コンディション(英語としてはカンディシャン)にこだわらなければ、ハードバックなら三冊、バルプ雑誌なら一〇冊は買えたのである。はじめて入手したもののなかには、マーヴィン・ピークの『ゴーメンガースト』初版、マシュー・グレガリイ・ルーイスの『マンク』のグロウヴ・プレス版が含まれていた。
 急に金回りがよくなったのは、母校の生徒の家庭教師をやったおかげである。一回一時間、月に四回で、神戸外大生は五〇〇〇円というのが相場だった。部活のない日は帰りに寄れるところ、ほかの日は夜になるので、自宅から自転車で行けるところを選び、三年生になるまで常時三人を担当したものだ。これで毎月二〇ドル程度の送金ができたが、銀行小切手をつくってもらう費用や、書留の航空便で送る費用もいるので、合計金額はおよそ八五〇〇円になる。ちなみに当時日本一安かった神戸外大の学費は、前期と後期を合わせて一五〇〇〇円だった。
 ついでながら、一ドル三六〇円の固定相場だったとはいえ、毎日ごくわずかに変動したことを申しそえておく。一〇時前に外国為替を取りあつかう銀行に行くと、まだ相場が立っていないといわれることもあった。そして翌年にはニクスン・ショックが起こり、一ドルが三〇八円に切り下げられたあと、ついに固定相場から変動相場に移り、ドルの価値はじわじわと下がって、二六〇円あたりになったこともあり、わたしは大喜びして注文金額を増やしたが、それも束の間のことにすぎず、世界規模のオイル・ショックのせいで、有事に強いドルは三〇〇円にもどしている。
 古本はニュー・ジャージイのゲリイ・ディ・ラ・リーから購入した。わずか数ページのカタログが毎月届くと、めぼしいものにチェックしながら何度も熟読し、いそいそと航空書簡に欲しいものを書いて直ちに投函したが、注文して請求書が届くのに一〇日以上、送金して本が届くのにほぼ一カ月かかってしまう。若いころのわたしはいたって気の短い人間だったが、本は船便で発送されるという悠長な時代が長くつづいたため、本についてはいつか届けばよいと達観するまでになった。航空便に紛れこんで一〇日ほどで届くものがある一方で、イギリスからの荷物のなかには、おそらく喜望峰回りの船に積みこまれたのだろうが、どこをどうさまよっていたのか、三カ月以上かかって到着するものもあったからだ。
 ゲリイとは長いつきあいになって、多くのことを教えてもらったが、最初のころは何をたずねればよいかもわからず、基礎固めの時期が当分つづくと考え、雑誌についてはコンディションの悪いものを買うことにした。とりわけパルプ雑誌は傷みやすいので、コンディションのよいものは並のものに較べて古書価が二倍三倍とはねあがってしまう。わたしは読みたおすために集めようとしていたし、下線を引いたり書きこんだりするので、安いものをたくさん買うほうがよかったのである。
 とぼしい知識を頼りにあれこれ買いあさってから、『エイヴァン・ファンタシイ・リーダ』、『フェイマス・ファンタスティック・ミステリイズ』、『ファンタスティック・ノヴェルズ(英語としてはノヴァルあるいはナヴァル)』に狙いをしぼった。『エイヴァン・ファンタシイ・リーダ』は一九四七年から五二年にかけて不定期に一八冊刊行された、ダイジェスト・サイズの雑誌形式のアンソロジイ(英語としてはアンサラジイ)で、主としてパルプ雑誌、それも『ウィアード・テイルズ』の黄金時代に掲載された幻想怪奇冒険小説の名作や怪作が収録されている。最初はかなり地味な表紙絵が使われたが、綴じ方がサドル・スティッチ(日本の週刊誌と同様のステイプルによる中綴じ)にかわった第四号から、パルプ雑誌調の派手な表紙絵が使われているので、パルプ雑誌の雰囲気をたたえる魅力的なものだった。
 いまほどではなかったにせよ、当時でも『ウィアード・テイルズ』は二〇年代と三〇年代のものが高価なあまり、パルプ雑誌としてSFパルプなみに安い一九四〇年以後のものを買うしかなかったので、『エイヴァン・ファンタシイ・リーダ』は初心者にとって非常にありがたいものであり、わたしはこのシリーズでニクツィン・ダイアリスやフランク・オウアンを知った。誤解のないようにあわててつけくわえるが、パルプ雑誌の再録一辺倒ではなく、ウィリアム・ホウプ・ホジスン、アルジャーナン・ブラックウッド、ダンセイニ卿といったイギリス作家の短編も毎号収録されている。
 わたしが大喜びして読みふけったのは、『フェイマス・ファンタスティック・ミステリイズ』と、その姉妹誌にあたる『ファンタスティック・ノヴェルズ』だった。両誌ともに再録専門誌として発行され、パルプ雑誌というメディアをつくりだしたマンスィ社の三大雑誌、『アーゴスィ』、『キャヴァリア』、『オール・ストーリイ』の名作が掲載されたのである。しかしこのやりかたを嬉しく思うのは新しい読者に限られるので、当初は売行きがかんばしくなく、新たに創刊された『ノヴェルズ』はわずか五号で休刊したが、発行元がかわってから再録の範囲が大きく広げられると、『ノヴェルズ』が復刊されるほど売行きを伸ばし、両誌ともにパルプ雑誌終焉の時代まで生きながらえて、『ミステリイズ』は八一号、『ノヴェルズ』は二五号が発行されている。
 過去に人気を博した長編小説が一挙掲載されるとともに、表紙絵や挿絵をヴァージル・フィンレイやスティーヴァン・ロランス(本名ロランス・スターン・スティーヴァンズ)やハネス・ボクが担当しているので、傷んだパルプ雑誌もまばゆい輝きを放っているように思えたものだ。毎月ゲリイから何冊か届くと、どれから読もうかとしばらく悩むほどで、簡単な内容紹介や挿絵を頼りに順番を決めると、往復で三時間かかる通学時間を利用して読みあげていった。数年前に手持ちのパルプ雑誌およそ二千冊の表紙をスキャンしたが、いま改めて『ミステリイズ』と『ノヴェルズ』の表紙をながめると、すごい雑誌だったといわざるをえない。
 記憶に残っている名作のごく一部だけでもあげておこう。ジョン・アルリク・ギースィのパロス三部作、チャールズ・ビリングズ・スティルスンのポラーリス三部作、フランスィス・スティーヴァンズ『恐怖の城塞』、ラルフ・ミルン・ファーリイ『黄金都市』、ヘンリイ・ライダ・ハガード『明けの明星』、チャールズ・ジョン・カトクリフ・ライト・ハイン『失われた大陸』、ジェスィカ・ケルーシュ『不死の怪物』、ウィリアム・ホウプ・ホジスン『グレン・キャリグ号のボート』、マシュー・フィプス・シール『紫の雲』、サクス・ローマ『蝙蝠は低く飛ぶ』、トールバト・マンディ『満月』といった具合である。
 ただし雑誌としてページ数が決まっているため、通常は長編小説に短編小説が数編組み合わされているが、ハインの『失われた大陸』といった長すぎる長編小説については、あちらこちらが削りとられた縮約版になっているものもある。これと対照的なのがエイブラハム・メリットの二つの長編小説で、いずれも初出の完全版として再録された。『ムーン・プール』が短編『ムーン・プール』と長編『ムーン・プールの征服』、『深淵の面貌』が短編『深淵の面貌』と長編『蛇の女神』として、本来の形で収録されているのである。そして『金属モンスター』は『ミステリイズ』の一九四一年八月号に掲載されるにあたって、メリットが新たに決定稿を書きあげた。メリットの愛読者には見逃せない雑誌だといえるだろう。
 こうして両誌を読破していくうちに、ロバート・ウィリアム・チェイムバーズの短編『黄の印』とジャック・ロンドンの長編『星を駆ける者』にめぐりあったことで、わたしの人生に新たな転換点が訪れた。翻訳したい小説を見いだして、翻訳家になろうという決意がついに固まったからだ。そのためにまず何をなさねばならないかは、このころにはよくわかっていた。大学の入学祝いに久生十蘭全集を買ってもらったことがきっかけである。
 久生の変幻自在の多彩な小説にのめりこむあまり、全集未収録の作品を古本市で探しはじめ、ささやかな成果をあげていたが、あるとき雑誌『苦楽』の昭和二二年八月号を見つけ、巻頭に木村荘八の絵物語『牡丹灯籠』と堀口大学の詩篇『夏のうた』があるのに興味を惹かれ、さらにページをめくってみると、久生の珠玉の名作『豫言』が掲載されていた。久生は発表したものに気がすむまで手を入れたというので、この名文家の推敲とはどのようなものかを知りたく思い、『苦楽』を買ってかえるや、全集第二巻に収録されたものと照らし合わせてみた。驚嘆したというのが正直な感想である。
 まさに大鉈を振うという形容がふさわしいほど、ばっさり数行にわたって削除されていることもあれば、文章のならびや表現の仕方がかえられたりすることもあり、言葉や句読点等の細かな修正にいたっては枚挙に遑がない。実に興味深いことに、加筆はほとんどなされず、いたるところで削除がおこなわれている。久生のような作家が舌足らずな文章を書くはずもなく、久生の厳しすぎる目で見て贅肉と思えるものが、容赦なく切り捨てられたということだろう。
 恐るべき鏤骨(るこつ)の推敲に接して、これはよほど丹念に調べなければならないと思い、全集に初出との相違を逐一書きこんでから、改めて初出をじっくり精読してみたが、誤植かもしれない読点の有無のほかには、訂正すべきだと思う箇所はほんのわずかしか見つからなかった。久生の推敲は当時のわたしには太刀打ちできないほど高度なものだったのである。これを契機に久生の初出を見つけては、全集版と比較する作業をつづけ、推敲とはどうおこなうべきであるかがわかるようになった。
 久生が推敲で目指したのは理路整然とした文章であって、普通なら見逃してしまうような論理の乱れや澱みを正し、少しでも冗長と思えるものは惜しげもなく取り除き、言葉や表現をさらに的確なものにして、句読点による緩急の切替にまで心を砕くことから成り立 っている。才走っているからこそ美しい、あの稀有の磨きぬかれた緻密な文体は、あまりにも自分に厳しい態度と犀利な頭脳からつくりだされたのだ。
 久生の『母子像』が久生らしからぬ文体になっているのには理由がある。この小説は『ニュー・ヨーク・ヘラルド・トリビューン』主催の第二回世界短編小説コンクールの応募作として、英語に翻訳されるという過程を経なければならなかった。久生はこれを最初から考慮に入れ、翻訳によって失われるものがないように、もっとわかりやすくいえば、翻訳家に誤読されることがないように、徹底的に文章を削ぎ落とすことを心がけたのである。フランス留学の経験がある久生ならではのやりかたであって、最初から勝ちを狙った特殊な文体なのだが、久生の文体について知ったかぶりをする人には、こういうことはさっぱりわからないようだ。
 先に述べたように、わたしは『ひゅーまん・るねっさんす』という同人誌に小説や雑文を書きちらしていたが、小品の一篇が柴野拓美さんの目にとまり、全面的に書き改めたものが『宇宙塵』に掲載されたあと、日立のコンピュータ事業のPR誌『HITACユーザ』に転載され、生まれてはじめて過分の原稿料をもらうということがあった。大いに気をよくしたとはいえ、活字になったものを読み返すと、これが原稿料をもらえるほどのものかと嘆かざるをえず、文章とはどのように書けばよいかについて思いをめぐらすようになったのである。
 そんな矢先に久生の初出を見つけ、推敲の何たるかを目のあたりにしたのは、定めてありがたいことだったといわざるをえない。久生の推敲に取り組んだからこそ、文章の根本は論理であるということが身に沁みてよくわかった。文章は論理によって組み立てられ、ペンとともに考えることによって、文体はおのずから定まる。言葉や表現やリズム等の選択もまた、つまるところ論理によって決せられるからだ。あまり知られていないようだが、文章をほんの数行読んだだけで、書き手の頭の程度がわかる所以はここにある。


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