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2014.05.08

三村美衣/岡田剛『十三番目の王子』解説(全文)

宿命に抗う三人の若者の戦い

三村美衣 mii MIMURA


 本書『十三番目の王子』は、百二十年ごとに起こる災厄に翻弄されるシオン神王国ラダッカ領を舞台に、宿命や制度に屈しまいと懸命に抗う若者たちの姿をドラマチックに描いた異世界ファンタジーである。

 神王国は十二の領土に別れ、それぞれを初代神王の十二人の息子の家系が統治している。ラダッカはその中で、最も北に位置する領土だ。
 神王国には、悪神が星々の海を渡って攻め込んでくるという伝承があり、ラダッカはその防衛の最前線でもある。そのためにラダッカの少年たちは、幼い頃より鍛錬を積んでおり、騎士の勇壮さは、神王国はもとより、南のシュタウフ帝国にも知られている。しかし悪神相手に人の力では限界があり、抗しきれるものではない。初代神王の治世、王は悪神に対抗するために、神の使いである〈剣の天使〉を招喚。ラダッカの領主である第三王子と契約を交わした〈剣の天使〉は、人々と力を併せて邪悪な軍勢を打ち破り、戦いの後もそのままラダッカに残った。
 その末裔がカムド家である。〈剣の天使〉の伝説は、未だに人々の信仰を集めており、カムド家はラダッカの軍事的象徴となっている。邪悪な軍勢が復活した際には、カムド家の当主〈剣の天使〉は、再びラダッカの兵を率いる大将となるのだ。
 ラダッカでは次代の〈剣の天使〉が十八歳になると、そのお披露目もかねて盛大な剣技会が開催される慣わしがある。物語は、〈剣の天使〉の末裔であるゼン・カムドが十八歳を迎えた、吹雪の夜に幕を開ける。
 と紹介すると、神話をベースにしたオーソドックスな剣と魔法の異世界ファンタジーのように見えるが、この世界はそう単純ではない。
 神王国は、長きにわたって神王信仰を掲げてきたが、二十年前、シュタウフ帝国で信仰されるアロル教を国教として受け入れた経緯があるのだ。アロル教はもともと、初代神王と共に戦わずに国を脱出した人々によって作られた宗教で、長年、迫害を受けてきた。しかし帝国の隆盛と共に、宗教の地位も逆転。神王国は、アロル教を国教とすることとなった。もちろんそれがすんなりと受け入れられるわけはなく、中でも〈剣の天使〉を擁する辺境のラダッカは神王信仰が根強く、未だに信仰や価値観の混乱が続いている。

 そんな状況の中で、物語は三人の幼なじみを中心に進む。
 主人公のソロー・アリタヤは、悪神の進入路である北の峡谷を見張る〈蛇の目〉の若き団長だ。商売に失敗した貧乏貴族の息子で、身分は低いが不世出の天才であり、大司教から神王信仰の秘術を学び、〈剣の天使〉から本来は直系男子にしか伝授されないはずの剣技を継承している。色の薄い金髪に透けるような青い瞳の美形だが、身なりには無頓着で世事にもやや疎いところがある。神王信仰の象徴とでもいうべきふたつの技を継承しながら、彼は信仰に対しても醒めた発言をし、身近な友人たちをたじろがせることがある。
 ゼン・カムドは、〈剣の天使〉の末裔であるカムド家の嫡男だ。肉体的に優れ、天性の才能には恵まれているが、父は一子相伝であるはずの技の継承者として、ゼンではなくソローを選んだ。自由奔放でおおらかな性格に見えるが、幼い頃のゼンは部屋の壁だけを見つめ、まるで幽霊のように無気力な毎日を送っていた。しかし実質的な役割をソローに譲りながら、〈剣の天使〉という象徴性からは解放されない。ゼンが望んでいるのは、誰よりも愛する忌み人の娼婦シリを檻の中から救いだして、ふたりでどこかよその国に出奔することだ。
 エネミアは貴族のダルクール家の次女だ。幼い頃はソローと同じ貧困地域に住む貧乏貴族だったが、ダルクール家は長女を後宮に差し出すことで、貧しさから逃れた。しかし神王の後宮では、神王の神格を護るために、女は視力を奪われ、口をきくことも許されない。エネミアは騎士になって、暗闇の世界に閉じ込められた姉を助けたいと願っている。しかし体力、知力、剣技に恵まれながら、男ではないために、彼女には何も約束されていない。エネミアは生まれたときからアロル教に帰依しているため、王の神聖性も〈剣の天使〉にまつわる伝承も畏敬の対象とはならない。彼女にとって〈剣の天使〉のゼンは、迷惑な同僚でしかない。
 神格というどうしようもなく迷惑なものだけを継承するゼン、報われない優等生のエネミア、与えられた全てを壊すことを夢見るソロー。類まれな才能を持ちながら、コンプレックスや弱さを抱えた三人の若者。ゼンやエネミアが、自分らしく生きることを願っているのに比べ、ソローが見ているのはこの国の有り様であり未来だ。一見、冷酷で可愛げのないソローだが、内に秘めたる情熱は誰よりも大きい。
 そんな彼らとこの世界の運命を大きく左右するのが、本書のタイトルにもなっている「十三番目の王子」という伝承である。
 民の間で語り継がれるこの伝承は、神王にはもうひとり王子がいて、その王子は復活の奇跡を行い慈愛をもって民を導いたが、反逆者として国を追われたというものだ。終盤、この伝承を鍵に、物語が一気に加速する。

 著者についても簡単にご紹介しておこう。
 岡田剛は一九七九年生まれ。死者が視える神父と捨て子の女子中学生の絆を軸に、心中を繰り返すが必ずひとり生き残ってしまう「死ねない女」の救済を描いた『ゴスペラー 湖底の郡霊』で二〇〇四年にソノラマ文庫からデビューした。この頃のライトノベル界は、特殊能力を持つ美少女が戦ういわゆる〈学園異能もの〉の全盛期である。そんな時代に、感情の起伏の乏しい中年神父と、生真面目な女子中学生が主人公で、テーマは家族愛と信仰心という、およそライトノベルらしからぬ絵になり難いこの作品は、広範な支持を集めるとはいかなかったが、手にした読者には強い印象を残した。その後、水に触れることで人体が結晶化する世界を舞台にしたロードノベル『準回収士ルシア 世界は美しく、人の心は醜い。』、近未来ノワール小説『ヴコドラク』を上梓し、本書が四冊目の長編となる。
 著者に関して公開されている情報はほとんどないが、SFマガジンの「My Favorite SF」(二〇〇九年九月号)で、心の一冊としてR・A・サルバトーレ《ダークエルフ物語》をあげていたのが印象深い。《ダークエルフ物語》の主人公は、善なる心を持って生まれたエルフだ。しかし彼の種族は、堕落したエルフであり、善悪の認識が転倒している。つまり主人公は、悪しき事が正義である世界の異端者なのである。善き者であるがために故郷を追われ、そして悪しき種族であるがためにどこに属することもできない。価値観のゆらぎ、孤独なヒーローというモチーフは、本書にも受け継がれている。
 岡田剛の描く物語は、荒々しくて、そして切ない。
 語り口はハードボイルド、世界設定は緻密で、ゴシック小説のような重厚描写と濃密な空気感を持つが、そこに雲間から射す陽のように叙情性が輝く。過剰さを信条とするライトノベルと比べると、ビジュアルや言動は些か地味でストイックすぎるきらいはあるが、愛着が持てるキャラクター性も備えており、その魅力は菊地秀行や古川日出男に通じるところがある。

 さて、ひとつのエピソードとしてきれいに纏まってはいる本書ではあるが、この後につづく壮大な物語のプロローグでしかないという。大いなる時代の転換期を、三人はどう駆け抜けていくのだろうか。
 未来はまだ暗く深い闇に覆われている。
 一日も早い続編の刊行を切望してやまない。
(2014年5月)


■ 三村美衣(みむら・みい)
1962年生まれ。書評家。現在、〈SFマガジン〉の書評頁でファンタジー欄を、また〈冥〉でも書評コーナーを担当。著書に『ライトノベル☆めった斬り!』(大森望との共著)がある。



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