今月の本の話題Science Fiction

2018.03.09

米光一成/『スタートボタンを押してください ゲームSF傑作選』解説(全文)

もはやゲームをプレイするしないにかかわらず、
ゲーム的感覚は我々にとって必須の習得能力のひとつだから、
誰もが読むと良いと思う。

米光一成 Kazunari YONEMITSU


スタートボタンを押してください
 ビデオゲームをモチーフにした短編SFアンソロジーPress Start to Play(2015)の邦訳が、ついに登場した。
 原書アンソロジーは二十六編、五百ページ超えの分厚さ。邦訳はそこから厳選した十二編を収録している。コリイ・ドクトロウ「アンダのゲーム」以外はすべて本邦初訳・初出だ。ショーナン・マグワイア、チャーリー・ジェーン・アンダース、デヴィッド・バー・カートリー等、本書ではじめて訳出される作家の作品も多い。これだけフレッシュな現代英米SF短編のアンソロジーに触れる機会は、いまではなかなか貴重なことになってしまった。
 さらに、ビデオゲームをモチーフにした短編小説が珍しい。人気ゲームの設定を使ったファンノベルはたくさんあるが、本書に収められた短編たちはそういったタイプではない。登場するゲームは架空のもの。ゲームそのものをモチーフとしテーマとしている。
 だから、あなたがゲーマーもしくはゲームに興味がある人ならば、これは必読の書。というよりも、もはやゲームをプレイするしないにかかわらず、ゲーム的感覚は我々にとって必須の習得能力のひとつだから、誰もが読むと良いと思う。
 そこで、本書を読むにあたって、ちょっとだけ知っておくと読みやすくなるだろうゲームに関する用語や知識をちらっと解説しながら、収録作のいくつかを紹介していこう。
 本書には、テキストアドベンチャーを扱った短編が二編収録されている。
 ひとつは、ホリー・ブラック「1アップ」。ゲーム仲間の葬式に参列した若者が、死んだ友人の部屋でテキストアドベンチャーゲームを発見し、思わぬ秘密を手渡される冒険譚だ。もうひとつは、ケン・リュウ「時計仕掛けの兵隊」。賞金稼ぎが、捕まえた少年がつくったテキストアドベンチャーをついついプレイしてしまうことで心を通わせていく物語。
 テキストアドベンチャーというのは、文字だけで進行するゲーム。コンピュータがまだ画像を表示するには貧弱だった時代のものだ。プレイヤーは、画面に表示される文章に応じて、「LOOK」「GO WEST」「GET KEY」といった簡単なコマンドを打ち込んで探索していく。言語の特性上、日本語入力型のテキストアドベンチャーはほとんど作られなかった。グラフィックが伴うマイクロキャビン版『ミステリーハウス』(一九八二年)や『デゼニランド』(一九八三年)にコマンドを打ち込む名残りがあり(表示されるメッセージは日本語だが、入力するコマンドは英単語だった)、これらはヒットしたのでオールドゲーマーは遊んだ人も多いだろう。「1アップ」「時計仕掛けの兵隊」はどちらも手渡されるのが遺言や小説ではなくテキストアドベンチャーであることが、物語の質感を大きく変えている。
 なお原書に収録されているクリス・アヴェロンの“<end game>”(本書未収録)は、ほぼ全編、テキストアドベンチャーのリプレイを模している短編だ。
 ヒュー・ハウイー「キャラクター選択」は、ナラティブのずれがキーとなる物語だ。
 夫がいつもより早く帰宅すると、ゲーム嫌いの妻が遊んでいる。しかも、戦場でバトルするタイプのFPSだ。FPSというのはプレイヤーキャラクターの一人称視点のゲームのこと。
 妻は、武器も取らず、敵も倒さずに、進む。「市場の戦闘を回避したのは、弾薬を節約するためか?」と聞かれて、「そう、まあね」と答えるが、妻は、まったく「戦闘をする」という物語を生み出すつもりがないのだ。「まだ一ポイントも稼いでないじゃないか。そんなの……ばかげてる」と言う夫に妻は、こう答える。「わたしはわたしのやり方でやりたいの」
 ゲームの語り方と、小説の語り方は大きく違う。小説は一本道だ。文章は(改行されるが)、一直線に連なる長いラインであり、それを順に読んでいくことが前提となる。作者が作り上げたもっとも良いと考える一本道を、読者は伴走するように読んでいく。
 これに対して、ゲームは、プレイヤーの介入によって物語が変わる。レベルを上げてアイテムを買い替えてから次の街に向かう勇者もいれば、とにかく突き進んでいく勇者もいる。姫様が助けを待っていることを忘れて、カジノでずっと遊び続ける勇者もいる。たくさんの分岐をプレイヤーが選びながら物語を作り出していく。これをストーリーと呼ぶと混乱するので、ゲーム研究の現場では、ナラティブと呼ぶことも多い。
 ゲームをプレイしたことがある人間にとって、この短編で描かれている感覚は、とてもよくわかる。ゲームの物語は、製作者が作り出すのか、プレイヤーが作り出すのか。しょせん、製作者の準備した物語を壊さぬ程度にプレイヤーは多少の意志を介入させたと錯覚させられているだけではないのか。そういった冷めた思いを超える瞬間が良質なゲームにはある。
 その感覚を喚起させられ、(感情移入した後で)その先に意外な展開が繰り広げられる。
 チャールズ・ユウ「NPC」は、同じ仕事を繰り返すだけのNPCがプレイヤーキャラクターに昇格した不思議な感覚を描いた短編だ。NPCは、Non Player Characterの略称で、コンピュータが担当しているキャラクターのこと。たとえば、なんど会話しても「ラダトームの町に ようこそ」としか言わない町の人は(おそらく)NPCである。対して、人間が操作しているキャラクターは、プレイヤーキャラクターと呼ばれる。つまり、NPCであれば何も考えていないのだし、プレイヤーキャラクターであれば操作している人間が考えているのだが、それをキャラクター自身の一人称で語らせることで、まったくありえない感覚を生み出している。
 桜坂洋「リスポーン」は、ゲームそのものは直接出てこないにもかかわらず、ゲーム感覚をめちゃくちゃ味わわせてくれる作品。ゲームのキャラクターがやられると所定の位置から再スタートする。これを「リスポーン」と言う。ゲームにおける死を現実に持ち込んだドタバタ劇は、悪夢的な恐怖でありながらも、なんだか楽しめてしまう。ゲームのメカニクスとして理解できてしまうからだろう。
 冒頭の「はじめに神は画面を創造された」からはじまる「創世記」のパロディは、ゲーム好きにはたまらない名文だ。
「パドルがドットを打つと「ポン」という音がした。ドットは勢いよく弾み、画面の端で跳ね返ってきたドットをパドルはまた打った」の後に、ふたつのパドルで打ち合うゲームとして描写されているのは『ポン』という世界で初めてヒットした一九七二年のビデオゲーム。パドルを上下に操作して、ドットのボールを打ち合うピンポンゲームだ。
 このゲームの成功によって、業務用ビデオゲームというジャンルが生まれた。
 チャーリー・ジェーン・アンダース「猫の王権」には、猫形のヘッドマウントディスプレイで遊ぶVRゲームが登場する。ヘッドマウントディスプレイを装着してプレイヤーの向きと連動させることによってすべての視野をコンピュータグラフィックスで作り上げる仕組みは、VRの代表例。
 認知症患者が一定の認知能力を維持する効果があるゲーム『猫の王権』をパートナーにプレイさせると、みるみるうちに上手くなっていくのだが……。遠い未来ではなく近い将来に問題になるだろう(いや、もうすでに問題になっているかもしれない)ゲームと介護の関係について考えさせられる。本書には、他にもいくつか、仮想現実と現実世界の錯誤をモチーフにした作品が収録されている。
 デヴィッド・バー・カートリー「救助よろ」は、MMORPGに出てくる「ありえないほど強調された胸を持つ金髪の女エルフ」に恋人を取られてしまった少女が主人公。
 MMORPGというのは、Massively Multiplayer Online Role-Playing Game の頭文字をとった略称。「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」と訳される。ネットワーク上の架空世界を、複数のプレイヤーキャラクターが冒険するゲームのことだ。街で出会う自分以外のキャラクターがNPCだけではなく、どこか別の場所からログインしている人間のキャラクターで、一緒に冒険したり、戦ったりできる。
 恋人をほったらかしにしてゲームに没入するデボンの姿はひとごとではない。「決めてちょうだい。ゲームをとるか、わたしをとるか。これは真剣よ」というセリフに胸が痛む。
 一直線に進む小説の語りのなかに、ゲームが生み出す感覚を巧みに取り込み、表現の豊かさをブーストさせている。
 最初に「ゲーム的感覚は我々にとって必須の習得能力のひとつ」と書いたのは冗談でもなんでもない。本気だ。
 ゲームを直接的な題材にした小説でなくとも、ゲーム的感覚を取り込んでいる小説は多い。『死のロングウォーク』『バトル・ロワイアル』『クリムゾンの迷宮』といったデスゲーム系のモノ、『ペナンブラ氏の24時間書店』『火星の人』『ゲームウォーズ』のようにレベルデザイン的な感覚を巧みに小説構造に落とし込んだモノ、『ゲームの王国』『撲殺天使ドクロちゃん』等のゲームメカニクスを世界と対峙/融合させたモノ、一大ブームとなったゲーム的な異世界へ飛ばされる異世界転生モノ等、さまざまな作品が、小説をアップデートしていく。
 ハリウッド映画と小説が相互に影響しあって洗練を深めていったように、これからも、ゲームと小説の関係性はますます強くおもしろくなっていく。楽しみだ。



■ 米光一成(よねみつ・かずなり)
ゲームデザイナー/インターフェイスデザイナー/元立命館大学映像学部教授/電子書籍部部長。ゲーム「ぷよぷよ」「BAROQUE」「トレジャーハンターG」の脚本監督企画担当。アナログゲーム「想像と言葉」「レディーファースト」「はぁって言うゲーム」を展開中。著作『仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本』『思考ツールとしてのタロット』等。宣伝会議編集ライター講座即戦力コース専任講師。




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