Science Fiction

2012.05.08

〈KAIJU小説〉 はアメリカでどう読まれたか? 山本弘『MM9』英訳版レビュー翻訳[2012年5月]

 本格SF&怪獣小説の傑作としてご好評をいただいている、山本弘〈MM9〉シリーズ。

 このシリーズの第1部である『MM9』英訳版が2012年1月、アメリカの出版社 VIZ media の日本SF翻訳専門レーベル Haikasoru から刊行されたことは、みなさまご存じでしょうか?

 刊行以来、英語圏でもたくさんの書評が書かれていますが、今回は許可をいただいてそのひとつを翻訳いたしました。英語圏でこの "kaiju" 小説がどのように受け取られたのか、一例として読んでいただければと思います。


「『MM9』の多彩な世界」スペンサー・ウォール
The Many Worlds of MM9 by Spencer Wall
(Quarterly West: Spring Issue 2012)

『MM9』は、人々がなぜ物語を必要とするのか、古い物語は新しい形式を得ていかに生き延びるのか、そしてなぜ人々がSFを書くのか、ということを探求する小説である。

 いや、もうすこしわかりやすいところから紹介すると――『MM9』は、日本の気象庁に属する、ゴジラのようなモンスターの監視を業務とする部署を描いた連作短編集である。日本語では――まあ英訳版でもそうだが、作中でこの種の(というか、ジャンルの)モンスターは「怪獣/kaiju」と呼ばれる。気象庁特異生物対策部(略称MMD、Monsterological Measures Department[日本語版では「気特対」という略称])に所属する主人公たちの任務は、これらのモンスターを監視し、自衛隊や民間に対して調査結果を提供することだ。MMDの任務は迫り来る怪獣の危険度を判定する(この危険度はモンスター・マグニチュードという数値で表され、「9」が最大となる)ことであり、ついでに各モンスターに名前をつけることだ。これは[アメリカの]気象学者たちがハリケーンに命名するのとはちがう、ユニークな名前だ。こうした設定は細かいところまでしっかりしていて、楽しく読める。一方、作中で追求される謎は美しく、物語そのものについての物語、といった趣きがある。これらはそれぞれ異なるタイプのおもしろさであるが、本書はどちらも両立している。

『MM9』の設定へのこだわりは読者を楽しませるだけでなく、創作としてのフィクションというものについて考えさせる内容にもなっている。作中においては、フィクションというものについての話が自己言及的に語られるが、これは人間がなぜ物語を創るのかという一般的な問題と、なぜ怪獣ものを創るのかという個別的な問題のふたつを、読者に提示している。さらに本書は、なぜ人間がそのような物語を語るのかというだけではなく、なぜそうした物語のもたらす歓びを好むのか、ということについても掘り下げていく。たとえばクライマックスの舞台は、プロット上は偶然ではあるが語りの上では故意に、閉鎖された遊園地に設定されている。読者をにやりとさせる要素をちりばめたジャンル・パロディ的な作品にはこれまでにたくさんの名作があるが、本書もその流れに加わるものとして、とことん読者を楽しませようとしているわけだ。

 ジャンルと世界全体を結びつけること、つまりある種類の物語とフィクション世界の双方をそれぞれ互いの視点から眺めてみることは、つねにおもしろく、またフィクションという枠の限界ぎりぎりのところへ迫るものだ。『MM9』で言えば、平凡な人々がまるで日常業務のように(それこそ天気予報業務のように)異世界から来たモンスターに対処していく姿を読むのはおもしろい。
 しかし、本書はSF的なモンスターのいる世界と、日常的なおなじみの世界をただ混ぜ合わせただけではない。もうひとつべつの世界(もうひとつべつのフィクション・ジャンル)、すなわち「神話や民話」の世界をも混ぜ合わせている。MMDの隊員が科学的に解明できるかぎりにおいては、モンスターたちは「神話宇宙」、つまり人類がいま暮らしている「ビッグバン宇宙」とはべつの体系にもとづく宇宙からやってきている。登場する怪獣や超自然的存在は、かつての「神話宇宙」の生き残り――ギリシャ神話の神々や黙示録に登場する龍、そのほか世界中の民話に現れる怪物たち全般――であり、それらが「ビッグバン宇宙」に残留している、というわけだ。
 そのため、MMDの科学者たちはモンスターを理解するために、世界中の伝承や物語に精通しなければならない。だから本書は、神話や民話も含む過去のフィクション作品と作中現実との関連について描く個所においては、フィクションという形式についてかなり自己言及的な書き方をしている。

 日常的な気象予報業務、SF、神話――これらを網羅するだけでもじゅうぶんに複雑な作品になるのだが、本書はさらに、もうひとつ異なる分野/論理を持ち込んでくる――すなわち、物理学である。神話中のモンスターがなぜ、科学的な合理性にもとづく「ビッグバン宇宙」に存在できるのか? 読者の中には、心理学的な説明や叙述によるマジックのような解決を期待する人もいるかもしれない。だがMMDの科学者たちは、現代物理学において論議の対象となっている魅力的な仮説――「人間原理」を持ち出してくる。現実世界(というのは『MM9』の外にあるこの世界のことだが)において、この人間原理のバリエーションを支持している物理学者もいる。
 人間原理は複雑な概念なので正確に要約することはむずかしいが、言ってみればこれは、「人間は自らが知覚しうる宇宙に存在しているのであり、言いかえれば人間の観測者にとっては自らが存在しうる宇宙しか知覚できない」という考え方である。この原理によれば、かりに人間が存在できないような構造の宇宙が存在するとしても、それを人間が直接観測することはできない。これは一見当たり前で常識的な原則に思えるが、実際に物理学的な宇宙論に当てはめると、複雑な結果がたくさん生じる。
 本書においてはこの人間原理を、架空の宇宙論や複数の異なる宇宙に対して、奇抜なやり方で適用してみせる。作中の物理学者たちは、怪獣たちが存在できる理由を説明するために、人間原理の新たなバリエーションとして「多重人間原理」を考案するのである。この冗談のような理論を押し進めると――もし人間が自らの住む宇宙を認識することができ、また認識できるからこそその宇宙に住んでいるのだ、とすれば、過去の人々は現代の科学的なそれとはちがう原理にもとづく、べつの宇宙に適応した認識や宇宙観を抱いていたのではないか、ということになる。そうした昔の宇宙がいまだに、神話や民話などの物語の中や、作中の現代に生きる多くの人々が抱く世界認識の中に生き残っている(から、科学的に考えれば明らかに存在できないはずの怪獣が現代のこの宇宙に現れることができる)というわけだ。

 そのため本書中では、科学的調査を裏打ちする理論と、物語というものがどのような役割を果たすのかについての考察が、ひとつに融けあって現れる。結果として、本書はまさしく「サイエンス・フィクション」と呼ぶにふさわしい作品になっている。世の中には、たんに登場人物やシチュエーションがジャンルのわかりやすいお約束にしたがっていたり、道具立てがそれらしかったりするだけでSFと呼ばれている作品もある。しかし『MM9』の場合は、異なる論理を混ぜ合わようと試み、科学的な思考法を想像力に富む創作という言語体系に融けあわせようとしている点において「サイエンス・フィクション」なのだ。

 本作の最終話における事件と、異なるフィクション世界どうしを関連づけるアイデアは、未読者の楽しみを削ぐことなく要約するのは無理だ。しかしひとつだけ言うとすれば、ラスト近くである登場人物が口にする「この世界に、怪獣は必要なんだよ」という台詞である。「この世界」とは作中世界のことだが、ある意味では本書そのものが、「この世界に、怪獣についての物語は必要なんだよ」と現実世界に訴えているといえるだろう。

 本書に収められた怪獣ストーリーはどれも巧みで、いろいろと考えてみたくなる。連作短編集という形式は、作者の語りの妙技を示すものとなっている。ある話では、はるか遠くから飛来する怪獣の目的地を主人公たちも目指す、という緊迫感のあるカウントダウン・プロットを書くかと思えば、次の話ではテレビ・ドキュメンタリー脚本の断片を組み合わせるという実験的な形式を用いている。
 このように、本書は比較的短いページ数のなかにフィクションへの自己言及からくる複雑さと語りの手法への挑戦を織り込みつつも、変人で好感をもてる登場人物たちをしっかりと描き出している。主人公たちはみな、臨機応変に専門知識を活用する必要のある仕事と、社会生活や家族生活の間でバランスをとろうとする普通の若者だ。彼らのリーダーであるMMDの部長は、民間人(パブリック)とMMDのパブリック・イメージの両方を守るというストレスから、胃薬を手放せない気の安まらない日々を送っている。また、彼らの脇を固める面々も、同じくらい生き生きと描かれている(なかでもわたしが好きなのは、放射能怪獣が東京に刻々と迫っているさなかに細かい専門知識を講釈しつづけてMMDの部長を苛立たせる、放射線医学の専門家だ)。

 Haikasoru からは2010年にも、同じ作家の"The Stories of Ibis"(原題『アイの物語』)が英訳刊行されている。こちらはAIを題材とした作品群を枠物語の形式でまとめた短編集で、物語がもたらす歓びに対する愛情に満ちた賛歌となっていた。『MM9』も、話はちがえど同種の小説であり、フィクションがもたらす歓びに対する賛歌となっている。わたしとしては、Haikasoru が今後も英語圏読者に向けて、さらなる山本弘作品を届けてくれるよう願っている。


© 2012 by Spencer Wall
Reprinted by the permission of the author.
翻訳:東京創元社編集部
(2012年5月8日/2013年5月31日)


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