Science Fiction

2017.05.12

渡邊利道/シルヴァン・ヌーヴェル『巨神計画』(佐田千織 訳)解説(全文)

きわめて現代的なスタイルと、
スピーディーで先が読めない展開は、
実に堂々たるエンターテインメントぶりで、
まさに巻を措く能わざる傑作だ。

渡邊利道 toshimichi WATANABE


 アメリカ中西部の田舎町デッドウッド。十一歳の少女・ローズは、誕生日プレゼントの自転車を押しながら森を歩いていたとき、とつぜん地面が消えて落下、失神した。一夜明けて気がついてみると、そこは壁面に複雑な記号が描かれている正方形の穴だった。後から自分を助けてくれた消防士が見せてくれた写真には、巨大な金属製のてのひらの上に寝ている自分が写っていた。
 それから十七年。気鋭の物理学者に成長したローズは、そのイリジウム合金製のてのひらが、いまから約六千年前に地球を訪れた異星人が、何らかの理由で世界中に分散して残していった、巨大な人型ロボットのパーツであると推論する。謎の人物〈インタビュアー〉が暗躍し、すべてのパーツの回収・調査計画がはじまった!

 本書は、ケベック出身のカナダ人作家シルヴァン・ヌーヴェルが、二〇一六年に発表したデビュー小説、 Sleeping Giantsの全訳である。息子が持つおもちゃのロボットのために構想したバックグラウンド・ストーリーから発展した、というこの長編小説は、彼がその息子とともにテレビで視聴していた日本のアニメ『UFOロボ・グレンダイザー』を、その発想源のひとつとするらしい。なるほど、物語の核にある「異星人の残していった巨大人型ロボット」というアイディアや、地球の命運がほとんど理不尽に登場人物の双肩にかかってしまう緊迫感や、ロボットを操縦する試行錯誤の臨場感が、細かいつじつま合わせよりも優先される荒唐無稽な物語になっているのも、まったく日本のアニメを思わせるものである(もっとも本作の物語自体は『グレンダイザー』よりは、『六神合体ゴッドマーズ』とか『無敵超人ザンボット3』とかを連想させる)。しかし、これがはじめて書いた小説だとは思えない、きわめて現代的なスタイルと、スピーディーで先が読めない展開は、実に堂々たるエンターテインメントぶりで、まさに巻を措く能わざる傑作だ。

 まず本作のスタイル上最大の特徴は、なんといっても全編が〈インタビュアー〉を受け手とした聞き取りや報告書、通信などでの会話で構成されているという点だろう。とくに前半は、ロボットのパーツの最初の発見者であり、後にプロジェクトを主導する人物となる物理学者のローズ、パイロットのカーラ、その相棒となるライアン、謎の記号を解読する言語学者ヴィンセントといった人物たちへの、過去に何があったのかという聞き取りを中心に展開する。これは、ゆっくりと本作の主要登場人物たちの来歴やロボットとの関わり、そして彼(女)たちの性格や関係性までも浮かび上がらせていく仕掛けになっている。そこでの話題の核がロボットの「発掘」と「調査」にポイントを置いているだけに、ちょっとしたオーラル・ヒストリー的な趣さえ感じられ、ポリティカル・スリラー的要素のある物語にリアルな重みを与えている。
 そして、中盤からはマッド・サイエンティスト的個性をもつ遺伝学者のアリッサ、〈インタビュアー〉以上にロボットについてよく知っているらしい謎の男も登場し、物語が一気に動きはじめる。とくに後者で謎の男が語る物語は、その背景に異星人との関わりを示す重要な手掛かりが隠されたきわめて象徴的なもので、物語世界の奥行きを一気にひろげ、同時に、小説のなかに違う空気の「語り」を吹き込む独特な面白さがある。
 ロボットのパーツの回収は地球規模で行われていることもあり、作中では次々に場面が転換し、アメリカのコロラド州デンバーの地下基地から、ベーリング海底、ワシントンにニューヨーク、ボスニア、カナダ、英領ヴァージン諸島、プエルトリコ、韓国と北朝鮮の国境付近、そしてアイルランドのダブリンと、めまぐるしく世界中を移動していく。場面が転換するたびに、現実世界に「異星人が製造し地球に残していった巨大人型ロボット」が存在したとしたら巻き起こすだろう政治的問題が、事態を大きく動かしていく、この物語の余白を多く用いることによって生み出されるスピーディーな展開とサスペンスはいかにも現代エンターテインメント作品らしい面白さを効率的に生み出している。
 物語は加速を重ね、終盤ではついに物事が終わった後に〈インタビュアー〉が話を聞く、報告を読むというのではなく、まさに通信中に、行為者と会話しながら事態が同時進行していく展開に至る。ここでの非常に屈折した状況の描写は、やや煩雑なのだが、しかしちょうどわれわれが現在世界で進行中の事件を、SNSや動画サイトなどで「実況」されるものとして体験している感覚にとても近いのだ。この手法によって、ごく卑近な日常茶飯事と大文字の世界史的事件が、同じ地平で体験される現代のリアリティーを見事に捉えていると言えるだろう。もちろん、世界の各地が舞台になっていることは、作品に活気と彩りを与えるいわば「観光」的な楽しみも提供しているということも忘れずに指摘しておきたい。
 また、本作のもうひとつの大きな特徴は、登場人物たちの奇妙に親密で家族的な関係性である。物理学者でプロジェクトの責任者であるローズは、ロボットのパイロットとなるカーラたちに対してまるで母親のような庇護者的愛情を注ぐ。またカーラとプロジェクトに参加する男たちとの間の愛情関係も、普通の恋愛に比して心理的な距離の近さと、相互理解の遠さがアンバランスで、家族的な愛憎を連想させる「どうしようもなさ」を孕んでいる。裏からすべてを操作する人物のような〈インタビュアー〉でさえ、物語が進行するにつれ実はとても愛情深い人間であることがわかるし、また会話の中から彼が父親であることも明かされる。全世界の運命を揺るがす危機の物語であるにも拘わらず、登場人物の感情面での動きの、このような「狭さ」が、物語に対するシンプルな感情移入を可能にするのだ。
 そしてこのような特徴は、近年アメリカで人気のあるメディア・ミックス的なエンターテインメント作品、たとえば往年のテレビドラマをリメイクした《ミッション・インポッシブル》シリーズ(一九九六〜二〇一五年)や、クリストファー・ノーラン監督による《ダークナイト・トリロジー》(二〇〇五〜一二年)、マーベル・コミック原作のスーパーヒーローもの、本作同様日本のアニメを発想源のひとつとする『パシフィック・リム』(二〇一三年)、などのハリウッド映画や、小説ではつい先日日本でも翻訳が刊行されたピーター・トライアス著『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(中原尚哉訳、ハヤカワ文庫SF、二〇一六年)などといった作品と大いに共通しているように思われる。それぞれバランスや濃度は違うが、どれもシリアスな現代性と荒唐無稽な娯楽性を兼ね備えた上質なエンターテインメントであり、本作はそういった作品たちから有形無形の影響を受けた、その潮流に棹さす新しい傑作となのである。
 それと、そういった近年の潮流とはべつに、本作のSF的なアイディアは、ことに異星人にまつわる設定や語り口などに、ヴァン・ヴォークトやハインラインなどの五〇年代SFを彷彿とさせるような部分がある。〈インタビュアー〉を恐れさせる謎の人物の登場のしかたや、その言葉の端々から想像させられる隠された歴史などがそれだが、この一種懐かしいときめきは、狙ったものなのかそれとも作者の天然のセンスなのかはよくわからない(インタビューによると、SFとの出会いは父親に連れられていった映画『未知との遭遇』だったという)。また「著者について」で簡単に触れられているように言語学者でもある彼の関心は、個人サイトでのプロフィールによれば形態論を中心としたものだったらしく、異星人が残した記号の分析にその専門知識が活かされていることは明らかで、ここの部分がどういうふうにこれから掘り下げられていくかどうかというのも興味深い。

 というのも、すでに本編をエピローグまで読まれた読者には先刻ご承知の通り、本作は物語としてはひとつの大きな区切りまで進行するものの、さまざまな伏線は解決されないままで、さらにエピローグで驚天動地の急展開が生じる、というなかなか意地悪な終わり方をしている。というか、端的には物語はまったく終わっていないのである。つまり本作は、これまた最近流行りの三部作なのだ。すでに第二作Waking Godsは書き上げられ、二〇一七年四月に刊行されている。その概要によると、ついにロボットが本格的に戦闘に投入されるかなり激しい展開になるようだ。本作ではとくに前半は物語が非常に静かに水面下で進行していたが、本作の終盤同様、第二作目では最初からアクセル全開で、三部作にありがちな中弛みどころかクライマックスの連続といった作品になっているらしい。邦訳を楽しみに待ちたい。

 なお、本作はまず二〇一四年に初稿が完成し、著者は五十以上のエージェントに原稿を送付したがすべて没になってしまう。一四年夏までに商業出版できないようなら自費出版する覚悟で、その前に書評誌〈カーカス・レビュー〉の有料書評プログラムKirkus Indieに原稿を送るや、数ヶ月後には星付き(オススメ)レビューが、カーカスwebサイトに掲載。それを見た映画プロデューサーがすぐに将来の映画化を打診、その人物に出版エージェントを紹介してもらい、一ヶ月以内にそれぞれ別個に映画化権と出版契約が結ばれる。そして二〇一六年、改稿版(本書)がDel Ray Booksより商業出版された。つまり本書刊行以前に原稿の段階で映画化が決まるという、ちょっと珍しい経緯をたどった作品だった。映画化権を獲得したのはソニー・ピクチャーズで、脚本を『ミッション・インポッシブル』(一九九六年)や、『スパイダーマン』(二〇〇二年)、『宇宙戦争』(二〇〇五年)などで知られるデヴィッド・コープが担当することが決定している。ぴったりの人選で、かなりの出来栄えが期待できるだろう。これもまた完成と公開が楽しみだ。



■ 渡邊利道(わたなべ・としみち)
1969年生まれ。作家・評論家。2011年、「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」で第7回日本SF評論賞優秀賞を受賞。2012年、「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。




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