Science Fiction

2015.02.05

渡邊利道/ラヴィ・ティドハー『完璧な夏の日』(茂木健 訳)解説(部分)[2015年2月]

渡邊利道 toshimichi WATANABE


完璧な夏の日 下
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完璧な夏の日 上
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 本書は、2013年に発表され、英ガーディアン紙の該当年度ベストSFに選出された長編小説、The Violent Centuryの全訳である。

 物語は現在のロンドンからはじまる。夜会服姿の美しい中年男オブリヴィオンが、濃霧に包まれた古めかしいバーにもう一人の中年男フォッグを訪ねる。彼らはある日突然世界中に現れた異能力を持つ超人(ユーバーメンシュ)たちであり、かつてイギリスの情報機関に所属する相棒だった。第二次世界大戦後に組織を離れたフォッグに、彼らの上司であったオールドマンから呼び出しがかかったのだ。すっかり設備が真新しくなった軍人局で、昔の上司と相棒に促されるまま、フォッグは過ぎ去った時代についていささかとりとめなく語りはじめる。物語のヒーローに憧れた少年時代、能力が発現して国家が管理する養成所で仲間たちに出会ったこと、ついにはじまった戦争。やがて回想は、占領下のパリでの「完璧な夏の日」と呼ばれた少女との出会い、ある秘密作戦の失敗、そしてその陰に隠された殺人事件の謎へと迫っていく……。

 アメリカン・コミックを彩るスーパーヒーロー物を、国際スパイの暗躍する冒険小説のスタイルでミステリアスに描いた本作最大の魅力は、何と言ってもさまざまな異能力を持った超人たちの個性的なキャラクターだ。なかでも古今のバディ物を彷彿させるフォッグとオブリヴィオンの主役コンビは絶妙である。
 その名の通り「霧」を自在に操る能力を持ったフォッグは、寡黙で男臭いハードボイルドなヒーロー。対する相棒のオブリヴィオンは整った黒髪と、なめらかな白い肌が人目を引き、その仕草の一つ一つが優雅で端正な美形。あらゆる物体の分子を崩壊させて消し去ってしまう能力から「忘却(オブリヴィオン)」と名乗り、少年時代から斜に構えたクールな皮肉屋で、つねにフォッグをリードする。彼らの出会いのシーンはまるで映画『脱出』のハンフリー・ボガートとローレン・バコールのそれのようにかっこいい。この二人の関係性が、ある少女の出現によってガラッと変わるのが、物語上の大きな読みどころになっているのに痺れる読者は多いだろう。
 他にも、謎めいた上役のオールドマン、痰が弾丸に変化する少女スピット、怪力の巨人タンクといったイギリス情報部の同僚たち。あるいは敵対するナチス・ドイツには雪と氷を操るシュニーシュトルム(ドイツ語で「吹雪」の意味)、ゲシュタポに所属し超人たちをつけねらう人狼のハンス・フォン・ヴォルケンシュタイン。さらには赤軍に所属する超人ですべてを切り裂く鎌の能力をもつレッド・シクル。そして堂々とメディアに現れて活躍するアメリカ人ヒーローたち。
 彼(女)ら、『X‐メン』『アベンジャーズ』を思わせるヒーローが実在するもう一つの世界とその知られざる歴史という基本的な枠組みは、アメリカン・コミック史において画期的な作品とされた『ウォッチメン』を思わせるものだ。第二次世界大戦でその能力を最大限に発揮した後、老いることのない彼らを待っている運命のアイロニカルな変転に込められた、コミックのヒーローが象徴するような20世紀的な「夢」がいかに凋落していくかという視点も共通している。ただ『ウォッチメン』は、あくまで「アメリカ」の物語として、その外側への意識を徹底して排除しており、ヨーロッパを中心に展開する本作にはそうした「アメリカ」への皮肉な眼差しも感じられる。
 また、彼ら超人たちは、敵対し、血で血を洗う戦いを繰り広げたり、さまざまな謀略を仕掛け合ったりしているにもかかわらず、やはりみな「普通の人間」から切り離された同じ価値観を共有し合っている。そのために凄惨な場面が続く物語でありながら、読んでいてどこか温かみのある共同体的な親密さが感じられるのも特徴的だ。
 そして、謎の少女「完璧な夏の日」とフォッグのあいだで起きた、まるで夢のようにはかないロマンスの記憶。
 そう、本作の核心にあるのは〈愛〉と、そこにまとわりつくさまざまな葛藤である。
 アメリカのサブカルチャーに対する並々ならぬ愛情と、外国人としての微妙な距離感を反映した批評的なパロディ性。作品の随所にわたって仕掛けられた数々の謎は、後述するように著者の複雑な出自を想起させる。そうした複雑なメタフィクション性を貫いて展開する、魅力的な登場人物たちのさまざまなかたちの愛。
 このように、本作は多様な要素が複雑に折り重なる、非常に現代的で精緻な技巧が凝らされた作品だが、しかしその技巧は単に文学的な意匠ではなく、現代世界への強烈な批評意識が呼び寄せた必然性に満ちたものだ。そしてこの狂おしいような〈愛の物語〉というメイン・プロットも、いわゆる「現代的な小説」にありがちな口実としての定型ではなく、作者の思想信条に基づくはっきりした意志に支えられたものだ。そのため思索的な深い余韻と同時に、エンターテインメント小説らしいさわやかな読後感がある。

(中略)

 最後に作者の経歴について。1976年イスラエルのキブツに生まれ育ち、15歳から南アフリカ、ラオス、南太平洋のバヌアツなど多くの国で暮らしたことのあるコスモポリタンである。はじめヘブライ語で詩集や短編を発表するが、ほどなく英語での執筆が主体となる。コミックブックの原作者や、ウェブジン Apex Magazine の編集も務め、The Apex Book of World SF(2009、2012、2014年)という世界各地で発表されたSF小説のアンソロジーを編んでいる。
 2010年から刊行されたネオ・スチームパンクの傑作 The Bookman 三部作(ブックマン秘史)は、小川隆氏の翻訳によって早川書房から刊行されている。他にあのスティーヴン・キングの『11/22/63』を破って世界幻想文学大賞を受賞した Osama(2011年)、英国幻想文学大賞ノヴェラ部門受賞の Gorel and the Pot-Bellied God(同年)などがある。イスラエルを舞台にした連作 Central Station の第一作“The Smell of Orange Groves”には、やはり小川隆氏による翻訳があり、オンラインで読むことができる(http://www.26to50.com/jp/worldsf/thesmelloforangegroves_jp_1212.html)。
 また英国SF協会賞ノンフィクション部門を The World SF Bloghttp://worldsf.wordpress.com)で受賞するなど、熱心なオンライン活動でも知られる。個人サイトのURLは http://lavietidhar.wordpress.com。ツィッターアカウントは @lavietidhar
 さらなる健筆と日本への紹介が期待される、いまもっとも脂の乗っているSF作家の一人である。

(2015年2月5日)


■ 渡邊利道(わたなべ・としみち)
1969年生まれ。作家・評論家。2011年、「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」で第7回日本SF評論賞優秀賞を受賞。2012年、「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。



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