Science Fiction

2014.09.05

渡邊利道/キム・スタンリー・ロビンスン『2312』解説(全文)[2014年9月]

渡邊利道 toshimichi WATANABE


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 本書は、二〇一二年に刊行されたアメリカの作家キム・スタンリー・ロビンスンの、通算十五作目となる長編小説の全訳である。ヒューゴー、ネビュラなどSFの大きな賞を軒並み受けてきた著者が、これまでの作品で使われたモチーフを縦横に組み合わせてコンパクトに描いたノン・シリーズの単発作品で、旧来からの読者にはその最新の成果として、本書がはじめての体験となる新しい読者には格好の入門編として楽しめる内容となっている。もちろん作品の上質な出来は折り紙付きであり、二〇一二年のネビュラ賞を獲得している。
 小説の舞台は原著刊行年からちょうど三百年後の太陽系。テラフォーミング技術が爆発的に発展し、人類の活動範囲は水星から土星の衛星群にまで拡張しているが、地球は環境破壊と人口爆発に苦しみ、豊富な資源を有し文化的なタブーが希薄なために次々に先進的な技術を導入して発展する宇宙居住者とのあいだには深刻な政治的対立がある。そんな中、〈水星の獅子〉という指導的地位にある政治家アレックスが急死。その孫娘である元自然環境設計者で芸術家のスワンは、惑星間警察の捜査官ジュネットと土星連盟の外交官ワーラムの訪問を受ける。水星・土星・木星の連合で地球との関係を改善しようとする〈モンドラゴン協約〉のリーダーだったアレックスの死は徹底的に調査され、その結果とくに不審はなかったが、「キューブ」と呼ばれる量子コンピュータを用いた人工知能を避け直接対面しての交渉を重んじていた彼女が、とくに信頼していた孫娘であるスワンに重要な遺言を残しているのではないかというのだ。はたしてスワンはアレックスの伝言を発見するのだが、それは彼女に、あるメッセージを届ける使者の役割を引き受けて欲しいというだけのもので、おまけにそのメッセージの内容を彼女が知ることはできないようになっていた。激怒するスワンは、使者の役割を引き受けるのみならず、隠された事態の真相を求めて事件の渦中に飛び込んでいく……。
 エスピオナージュにラヴロマンスをからめたメインストーリーはシンプルかつストレートで、これまでの作者の長編小説に比べると非常に読みやすい。もちろん緻密に作り込んだ未来世界の設計、あるいは崇高美を讃えた流麗な自然描写や、現在の政治状況を直接反映している社会科学的な思考実験性も健在。またひと筋縄ではいかないさまざまなオブセッションを抱えた複雑な性格の登場人物たちの綾なす人間関係の濃密さも、いかにもこの作者ならではのものである。
 なんといっても本作最大の読みどころは、その開発された太陽系の姿そのものだ。テラフォーミング技術によってそれぞれの特徴に即して改造された惑星や衛星を、その開発の歴史的経緯をふくめて細かく描写する手つきのSF的想像力の横溢は見事のひとことに尽きる。そして太陽系内の移動手段として、自転による疑似重力を作った小惑星の内部をくりぬいてテラリウム化し、天体の万有引力を利用したスイングバイで各惑星・衛星間を数週間かけて行き来するという、目眩がするほどに壮大で科学的にもじゅうぶんに考えられる緻密なメカニズムを構築しているのが素晴らしい。本編に登場するさまざまな小惑星の風景は、移動先の惑星・衛星の個性的なそれともあいまって、本作にちょっとした太陽系観光ツアーの趣を与えている。
 また形式的に目を引くのは、「リスト」や「抜粋」などと題された断章群だ。これは、メインストーリーと並行して作品内でのさまざまな技術や歴史的事項、概念用語などを解説する、作品世界内での文献からの引用というスタイルで記述された文章である。場面が転換される章の代わり目ごとに挿入されるので、メインストーリーを語るさいにその舞台背景等の煩雑な説明を省く役に立っている。実際、たとえば水星の表面をつねに太陽の反対側に来るように走っている巨大な車輛都市〈ターミネーター〉というガジェットが登場するのだが、その設定については断章で詳述し、物語を展開する場面はすでに誰もがそれを知っているものとして描いていくことで(登場人物たちにとってはそれは既知のものに違いないのだから)、非常に臨場感のあるスピーディーな進行が可能となっている。従来の本格SF作品の欠点として、設定を説明する記述が煩雑で物語にうまく入り込めないという一般読者からの意見があるが、しかしSFの醍醐味のひとつには設定の緻密さ、壮大な構築力があるのも間違いないわけで、これはストーリーの流れを阻害せずに緻密に作りこんだ世界を用意する、大変巧みな形式的選択と言えるだろう。また、単なる設定の説明だけではなく、作品の世界観を支える断片的な思索なども挿入されるので、作品を構築する作者の思想を能動的に読み解いていくようなアプローチも可能だ。
 文体が異なる複数の叙述を混成させるスタイルは、巻末の謝辞の最後で挙げられる三人の芸術家のうち、唯一の小説家であるジョン・ドス・パソスの長編小説『U.S.A.』からインスパイアされたもの。一九六九年のヒューゴー賞に輝いたジョン・ブラナーのStand on Zanzibar(ザンジバルに立つ)など、SFではしばしば用いられるもので、奥行きのある世界を複眼的に描くのに適した手法と言えるものだが、ここでの作者の使用法はぐっとエンターテイメントとして洗練されたものである。
 謝辞に挙げられる他の二人の芸術家は、本作のヒロインであるスワン・アール・ホンの人物像の源泉であるようだ。彼女は前述したように英雄的な大政治家の孫娘で、若いときには自然環境設計者として、小惑星のテラリウム化のデザインを担当していたが、それにあきたらずさらに根源的な「表現」に向かった前衛芸術家。長命化を可能とした遺伝子工学や両性具有化処置、さらにはもっと過激な生体実験なども果敢に行う人物だ。謝辞のマリーナ・アブラモヴィッチは旧ユーゴスラヴィア出身のパフォーマンス・アーティストで、自己の身体をマチエールにして、時には生命の危険をも顧みない方法で社会や政治問題に切り込むハードな手法を得意とする。たとえば一九七四年の「Rhythm 5」という作品では、共産党の象徴である赤い星をガソリンに浸した木材を用いた炎の図形で表現し、その中に横たわって批判を表現したのだが、その際酸素不足から意識不明となって死にかけたりしている。アンディ・ゴールズワージーは、スコットランド在住の造型芸術家で、鉱物や植物、あるいは雪や土などの自然物を利用した環境の中でのその場の固有性を活かした造型物を制作する手法を得意とする(二人ともインターネットで簡単にその作品のイメージに触れられるので、関心のある方は検索して探してみられるとよいだろう)。すなわち、「アートとしての身体と自然」および「個人と政治」という二つの主題が、スワンの人物造型に強く込められていると考えてよいだろう。もちろんそれは、この作品自体を貫く大きな主題であるに違いない。
 まず、誰もが圧倒されずにはいない濃密な自然描写は、この作品の醍醐味の一つであるが、それは緻密な科学考証と、十八世紀英国美学の概念である「ピクチャレスク」に似た、哲学的とも呼べるような美的意識に支えられた「自然」である。それは、科学と人間の知的探究心、あるいは冒険精神こそが、真の意味でこの宇宙の真理、自然の本当の姿に肉薄することを可能にし、人間の限界にまで導いていってくれるのだという、あくまでポジティヴな意志によって開示される「自然」なのだ。この「自然」は、容赦なく人間に襲いかかり、その存在を根底から揺さぶる大いなるものである。この瑞々しい変容の感覚はきわめて身体的なリアリティにあふれたもので、世界の山嶺を踏破したという登山家としての作者の経験が反映されているであろうことは想像に難くない。
 また、この作品では、芸術および芸術家が、ヒロインの人物像のみならず、それ自体とても大きな意味を持った細部を作り上げている。作者はあるインタビュー("Kim Stanley Robinson Sees Humans Colonizing the Solar System in 2312")で、国際天文学連合が水星のクレーターにさまざまな芸術家の名前をつけることにしたために、地図を見るたびにとてもロマンティックな興奮を得ることができると語っていて、実際小説の冒頭は水星が舞台となり、最初にその設定を開示する「リスト」にはそれら芸術家の名前がつけられたクレーターが列挙され、小説の持つ華麗なムードを盛り上げる。またヒロインの名前はマルセル・プルーストの小説を想起させるものであり、その他頻出する数々の絵画作品や、音楽、とくにベートーヴェンの楽曲は物語の非常に重要な鍵となる使われ方になっていて、この宇宙のランドスケープを華やかに装飾してくれている。後述するように、この作品での政治的な主題の掘り下げに通底するのは非常にシリアスな現代社会への認識だが、そこからくる重さを、幅のひろい教養と愛情に裏打ちされたさまざまな芸術への言及、さりげない引用などが、作品に不思議な軽やかさを与えて打ち消し、さわやかな読後感をもたらしてくれているのだ。
 そして政治の主題。作者の代表作である『レッド・マーズ』からはじまる〈火星三部作〉シリーズが、いかにも一九九〇年代の政治思潮であったマルチカルチュラリズムを反映したユートピアを「火星」に投影したものだったように、『2312』では、二十一世紀に入ってから起こったさまざまな政治経済的事件を直接に想起させる状況を、「太陽系」を実験場として思うさま投げ込んだような造型となっている。作者は大学院でマルクス主義文芸批評の泰斗として知られるかのフレドリック・ジェイムソンの薫陶を受けておりその政治姿勢は明確だ。にっちもさっちもいかない深刻な状態に陥っている地球を、豊かで先端的な宇宙空間でエリートとして暮らしてきたヒロインがうまく理解できず、しかしその格差に悩んでなにかをしなければならないと思い詰める場面は、アフリカなどの極端に貧しい地域でいまも毎年一千万人を超える餓死者が出続けている現代社会を生きている多くの読者にとって、強く共感できるものだろう。ジェイムソンは、歴史的存在としての作者のイデオロギーによって夢見られたユートピアとしての「作品」という概念を立てて、そこにマルクス主義によって「介入」するという文学のプログラムを企図したのだが、作者はここで、むしろ積極的にその図式そのものを作品に投げ入れているように見える。
 焦点となるのは資本主義の問題だ。よく知られているように、現在の資本主義は、国家による過剰な保護の下に金融市場での投資と回収のギャンブル的要素を拡大させている。一般的に言って、企業で働く労働者は、同時に市場ではその企業によって作られた商品を購入する消費者であり、需要と供給にそったシステムでは、企業は労働者の賃金を抑えれば利益は増すが、しかし十分な賃金を与えなければ商品が売れないので利益が出ないというジレンマを持っている。ところが金融商品を中心とする市場においては、一般労働者の生活に顧慮する必要はほぼない。その結果世界中で富を持たぬものの疲弊が激しくなっているわけである。作者はそのような状況を踏まえて、宇宙に暮らす人々の政治経済体制を組み立てていると思しい。たとえば水星・木星・土星による連合につけられた「モンドラゴン」とは、スペインのバスク地方で運営されている労働者協同組合から名づけられたものだ。「ないものは軍隊だけ」と呼ばれ、フランコ独裁政権に対抗して発生した「資本が労働を支配するのではなく、労働が資本を支配する」「人間は尊敬されるべきもので、一人は万人のために、万人は一人のためにある」というテーゼで知られている組織である。また本作で描かれる宇宙に住む人々の間では、火星に一部残っているものの、資本主義市場がほぼ駆逐されている。どうしてそのようなことが可能だったかといえば、AIが技術的特異点を突破し、完全な計画経済が可能になったというきわめて楽天的な設定になっている。この楽天性が、この作品の全体的な明るいムードに強く作用しているのは間違いないのだが、しかしそのようなユートピア的宇宙に対立する、さまざまな桎梏にからめとられて苦しんでいる地球の描かれ方はその明るさに比してまったく絶望的なまでに暗澹としているのである。そしてヒロインとその協力者たちが、袋小路にある地球の改革を目指して行う乾坤一擲の方策というのが、これがまたきわめて荒唐無稽で、その効果のほどもまったく予測がつかないようなものであったりする。この宇宙と地球のきわだった明暗の対比や、その解決策(哲学的にいえば「止揚」ということになるだろう)の、夢物語的な現実性のなさというのは、おそらくそこにこそ作者のメッセージ、問題提起があるのだと考えるべきだろう。それは前述したようにきわめてシリアスで、重いものである。華麗で奔放なSF的想像力に彩られた太陽系のランドスケープに幻惑され、ストレートなラヴロマンスを堪能しながら、この重さをも読者はじっくり受け止めて欲しい。
 最後に作者の経歴について。キム・スタンリー・ロビンスンは、一九五二年米国イリノイ州に生まれた。南カリフォルニアで育ち、カリフォルニア大学からボストン大学の大学院で英文学の修士号を得て、最終的にはカリフォルニア大学サンディエゴ校で博士課程を修了。博士論文はThe Novels of Philip K. Dick(フィリップ・K・ディックの小説)。同年の一九八四年に、小説家として『荒れた岸辺』で長編デビュー(ローカス賞を受賞)。一九九二年から発表した『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』Blue Mars(ブルー・マーズ)の〈火星三部作〉は、ヒューゴー、ネビュラの両賞をはじめ多くのプライズに輝き、背景を同じとする短編集一つも加えて作者のみならず九〇年代のSF界を代表するシリーズとなった。他に、一九九七年に発表された特異な極地冒険小説『南極大陸』や、歴史改変SFのThe Years of Rice and Salt(米と塩の歳月、二〇〇二年)などがある。創元SF文庫では、件の〈火星三部作〉のうち、『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』が翻訳刊行され、とくに『レッド・マーズ』は星雲賞にも輝いて好評だったのだが、なぜか完結編となるBlue Marsの翻訳が未刊行なままとなっている。〈火星三部作〉では、物語は二百年に及ぶ長い時間的スパンを有し、本作よりもずっと細やかに政治や自然が描かれており、九〇年代に比べさまざまな社会的矛盾が噴出している現在の日本で、より受容されやすくなっているようにも思われるし、今回ひさびさに長編が紹介されたことでシリーズ全巻刊行の機運が熟すことを期待したい。

(2014年9月5日)


■ 渡邊利道(わたなべ・としみち)
1969年生まれ。作家・評論家。2011年、「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」で第7回日本SF評論賞優秀賞を受賞。2012年、「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。



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