皆勤の徒 文庫版
●円城塔氏推薦――「地球ではあまり見かけない、人類にはまだ早い系作家」

 巨大な鉄柱が支える甲板の上に、その“会社”は建っていた。語り手はそこで日々、異様な有機生命体を素材に商品を作る。社長は“人間”と呼ばれる不定形の大型生物だ。甲板上と、その周りの泥土の海だけが語り手の世界であり、日々の勤めは平穏ではない──第2回創元SF短編賞受賞の表題作に始まる全4編。(『皆勤の徒』内容紹介より)

 酉島伝法の第一作品集『皆勤の徒』(2013年)は、刊行されるや大反響を巻き起こし、第34回日本SF大賞受賞、『SFが読みたい! 2014年版』国内篇1位獲得をはじめ、高い評価を得ました。

 発表当初、その独創的な造語感覚と内容ゆえに「翻訳不可能」と評する声も上がったのですが、2018年3月、アメリカのHAIKASORU社より英訳版Sisyphean(ダニエル・ハドルストン訳)が刊行。アメリカの有力誌〈ローカス〉(ポール・ディ・フィリポによる書評)や、イギリスの有力誌〈インターゾーン〉275号をはじめとして書評・レビューも多数出ており、作家ジェフ・ヴァンダミアもFacebook上で絶賛するなど、英語圏の読者にもその名を知られる存在となりました。

 今回はそうした記事の中から、ウェブジンWeired Fiction Reviewに掲載された著者インタビュー記事を、許諾を得てご紹介します。日本ではサイエンス・フィクションの文脈で語られることの多い本作ですが、本インタビューでは(チャイナ・ミエヴィルジェフ・ヴァンダミアらに連なる)ニュー・ウィアード、幻想文学としての面から切りこんだ内容となっており、日本の読者の皆様も新鮮な印象を抱くのではないかと思います。



Sisyphean――ウィアードSF作家・酉島伝法氏へのインタビュー
by David Davis
Weird Fiction Review 2018年4月25日掲載記事を訳載



Q. どのようなフィクションを読み/見て、育ってきたのですか?

 幼い頃はドリトル先生ルネ・ギヨ「こいぬの月世界探検」江戸川乱歩などの挿絵つきの物語が好きで(絵と言葉の間に立ち上がってくるものに魅せられていました)、それが今の作風にも繋がっていると思います。
 十代の頃は、夢野久作『ドグラマグラ』小栗虫太郎『黒死館殺人事件』沼正三『家畜人ヤプー』などの日本の奇書に夢中でした。とりわけ『家畜人ヤプー』には言葉遊びや肉体改変などのイメージに大きな影響を受けています。
 その後は、様々な国の様々な小説をジャンルに関係なく読むようになりましたが、やはり不条理や奇想性の高いものが好きですね。最近は残雪パトリック・シャモワゾーセス・フリードが気に入っています。例えば多和田葉子山尾悠子のように言葉へのこだわりの強い作家にも惹かれます。ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』には、黒丸尚の漢字の造語やルビ※ を多用した翻訳も相まって、その文体に衝撃を受けました。
 映画では、デヴィッド・クローネンバーグデヴィッド・リンチアンドレイ・タルコフスキーヤン・シュヴァンクマイエル黒沢清などが好きですが、中でもクローネンバーグの存在は大きく、ビジュアル面においても思弁性においても強い影響を受けました。


Q. 執筆する上で手本とするような、尊敬する作家・創作者は誰ですか?

 頭に浮かぶ名前が多すぎて、絞り込むのは難しいですね。書く作品ごとに、異なる作家を見上げています。エドワード・ケアリーのように、絵と文章の両方を手がける作家には惹かれます。同時代の日本の作家では、円城塔宮内悠介にはいつも刺激を受けています。


Q. 文章を書く上での、個人的な信条を教えてください。

 なるべく美醜や善悪などの価値観をまっさらにした状態に自分を置いて、その世界に住む者の主観や知識のみで書くように努めています。現代が舞台の小説で冷蔵庫についての説明がないように、彼らにとって自明のことはなるべく描写だけで見せます。異世界で書かれた小説の翻訳のようになるのが理想ですね。
 既存の名詞でその世界のあれこれを表現するとどうしても印象が咬み合わなくなるので、その対象のビジュアルや内容にふさわしい造語を、漢字の意味や形や音(ルビ表記※)を使ってこしらえています(時には既存の名詞に全く別の意味を詰め込むことも)。わたしにとって、造語は映画美術におけるセットや小道具や特殊メイクのようなものなのです。

※ 日本の本では、難読漢字などの発音を表すために、ルビ表記が使われることがあります。私はそれを言葉遊びや、多重の意味を込めるためにも用いています。それもあって、刊行当初から英訳は無理だろうと言われていました。


Q. "too weird"(奇妙すぎる、異様すぎる)と言われるような物事はあると思いますか? 誰かからあなたの書いたものが"weird"と言われる時、それは普通、賛辞でしょうか?

 日本で刊行されたときには翻訳は不可能だと言われていた作品が、英語で読んでいただけるようになったことは too weird で、とても嬉しいことです。ダニエルさんの長い苦闘のおかげで実現したことで、本当に感謝しています。
“weird”は私にとってはもちろん褒め言葉です。ときどき「気持ち悪すぎて読めない」とか「吐き気がする」などの感想を目にすることがありますが、そんな時には、「ぼくの映画を見てゲロを吐く人がいたら、 スタンディング・ オヴェージョンを受けたも同然」というジョン・ウォーターズの言葉を思い出すようにしています。


Q. Sysiphean『皆勤の徒』)は非常に独創的かつ超現実的です。どうやってできあがったのか、教えていただけますか? いつ書き始め、どこから着想したのでしょうか?

 表題作の「皆勤の徒」を書きはじめたのは2010年でした。
 長らく労働条件のよくない職場で働かざるを得なかった鬱屈が、商業イラストやデザインの仕事で押し殺していた混沌を伴って、大塵禍(だいじんか)のように一気に噴き出したのだと思います。箍(たが)が外れたんですね。周囲を見回しても仕事の理不尽さに苦しんでいるひとが多く、SFや幻想小説の手法を用いればそういった現状を可視化することができるのではないかと考えて、小説じたいが極限労働のインスタレーションでもあるような作品を目指しました。
 それまで自分の小説にも絵にも、なにかが大きく欠けているような中途半端さを感じ続けていたのですが、『皆勤の徒』に取り掛かる前に、その両方を合わせることで相乗的な効果が得られるのではないかと気づきました。漠然とですが、この時点ではもっと絵の比重の多い、ビジュアルストーリーのような作品にするつもりでした。
 最初はたくさんのスケッチを描いてイメージを膨らませ、さらに挿画をある程度描いてから物語を書きはじめました。『皆勤の徒』の以前に、ニコルソン・ベイカーの『中二階』バロウズ『裸のランチ』アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』などを掛けあわせたような、注釈に注釈が連なる言葉遊びだけのシュールリアルな辞典小説を実験的に書いており、その技法が世界の描写に役立ちました。言葉と絵を行き来して互いを補完しながら書いているうちにだんだん文章の比重が増えていきました(私が書いたというより、深い地層に埋もれている化石を掘っているような、出てきた化石の欠片を上下左右に回転させつつ継ぎ合わせているような感触でしたが)。最終的には短編賞の規定枚数を大幅に超えてしまい、数行を一行にまとめるような文章の凝縮を試みたことも、いまの文体に繋がっているはずです。
 その後は、「皆勤の徒」に詰め込みすぎていた設定を基盤に、一作ごとに趣向を変えて時代を遡る形で書いていき、ようやく2013年に単行本にまとめることができました。
 アイデアに関して言えば、例えば「洞の街」の天降りのアイデアは、テレビで雪下ろしの場面を見ているときに、これが全部虫だったら、と想像して生まれました。アイデアはたいてい予期せぬときに予期せぬ方角から静かに訪れます。言葉遊びにもっともらしい理屈をつけることでアイデアが生まれることも多いです。そうやって書いていると、ときどき、ついてしまった嘘の辻褄を延々と合わせ続けているような気分になることがあります。


Q. イラスト作品について、影響を受けたアーティストや作品は何ですか? 日本の漫画からの影響はありますか?

 ヒエロニムス・ボスアルノルト・ベックリンオディロン・ルドンマックス・エルンストマックス・クリンガーレオン・スピリアールトベクシンスキなど好きな幻想系の画家を上げるときりがないのですが、直接的な影響で言えば、ペーパーアーキテクトのBrodsky & UtkinAlbín Brunovský ですね。
 漫画はたくさん読んできましたが、内容的な影響の方が大きいです。絵柄では、諸星大二郎の描くものに魅せられてきました。


Q. 今後の予定は? いま取りかかっている作品はありますか?

「皆勤の徒」の刊行後には、その設定資料集を電子書籍で出しました。他には中編や短編小説を中心に書いてきました。
 肉体をミミズ形に変容される刑に処された囚人の脱獄もの、太陽や月が歩きまわる空洞世界の話、『ウルトラマン』のアンソロジー本に寄稿した、ウルトラマンの倒した怪獣を処理する特殊清掃会社の話、弐瓶勉『BLAME!』のアンソロジー本に寄稿した、多層構造都市の中を果てしなく落下し続ける建物に住む人々の話、疑似科学が当たり前になった日本の日常を描いた話、等々――
 いまは早川書房の〈SFマガジン〉「幻視百景」というイラストストーリーを連載しています。また、今年中の刊行を目指して初長編を推敲中です。かつて自由浮遊天体に入植した人類が、天体の防衛兵器である殺戮生物たちに滅ぼされた後の時代から物語は始まります。殺戮生物たちは、目的を失ったままヤクザ的な縄張りを作って日々を営んでいるのですが、その社会にいつの間にか得体の知れない異変が生じはじめ、人類の企みを知ることになる――という感じの物語です。いつか皆さんにも読んでもらえるようになればいいのですが。


Weird Fiction Review.com 2018年4月25日の記事 より訳載。酉島先生の回答文については、日本語原文をそのまま掲載しています。)


(2018年5月24日)